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吉田玉助



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Wikipedia

吉田 玉助(よしだ たますけ)は、人形浄瑠璃の人形遣い。

初代

(1853年 - 1886年7月3日)本名:吉倉玉助。

初代吉田玉造の実子。異母兄は初代桐竹紋十郎。1864年から人形遣いになる。夭折。実子が地唄箏曲家の富崎春昇。

弟子に4代目吉田文五郎等。

2代目

後の2代目吉田玉造。

3代目

(1895年2月10日 - 1965年2月22日)本名:小西奈良吉。

奈良の生まれ、1906年に3代目吉田玉造に入門し吉田玉小を名乗り堀江座に入座。1916年に文楽座に転座。1925年に初代吉田玉幸と改名。1942年5月に「本朝廿四孝」の山本寛助、「平家女護島」の瀬尾太郎を遣って3代目玉助を襲名。立役に優れた。

大正、昭和を生き抜き衰退にあった文楽の復興に力を尽くした。

養子に2代目吉田玉幸(2007年死去)、孫に吉田幸助。

4代目

3代目の養子2代目吉田玉幸が死後追贈。


 

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