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円谷プロダクション



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Wikipedia

株式会社円谷プロダクション(つぶらやプロダクション、英: Tsuburaya Productions Co., Ltd.)は、円谷英二が設立した日本の独立系映像製作会社。

高度な特殊撮影技術を用いた作品を作ることで知られ、『ウルトラシリーズ』を始めとする数多くのテレビ番組や劇場用映画を製作し続けている。

経営母体の変遷

円谷プロダクションの作品は『ウルトラシリーズ』に代表されるように、クオリティの高い作品が多いが、それゆえに1本当たりの制作費が高くなり、作れば作るほど制作費の赤字がかさむという負の連鎖に長年悩まされていた。やがて、この問題は円谷プロダクションの経営にたびたび大きく影響を及ぼしはじめた。

東宝の傘下

円谷プロダクションの設立当初は、創業者の円谷英二の出身の映画会社である東宝との結びつきが強く、円谷プロダクションの筆頭株主にもなっており、東宝役員が非常勤役員を兼ねたり支配人など事務系スタッフを出向させていた。また、東宝の東京都世田谷区砧の撮影所近くにある衣装部の倉庫や東京美術センター(現:東宝ビルト)の提供を受けたり、東宝受注のテレビ映画を孫受け受注するなどしていた。

1969年に『怪奇大作戦』が終了する頃になっても、テレビ局からの新番組の発注はなく、仕事が途絶える。経営に行き詰まった円谷プロダクションは資金調達のために増資し、筆頭株主の東宝はこれを引き受けて円谷プロダクションの60%の株を取得、子会社化した。社長は円谷英二だったが、東宝からは7人の役員が派遣されて、東宝の藤本真澄も代表権を持った。専務取締役は円谷皐、取締役は円谷一と有川貞昌が就任した。東宝はリストラによる経営再建策で、金城哲夫の所属する企画文芸部を廃止して、約150人いた社員を40人にまで圧縮した。滞っていた業者への支払いや借金返済についても、親会社となった東宝の力によって5年間の猶予期間が設けられた。そのおかげで、円谷プロダクションは制作を継続することができた。1970年1月25日に円谷英二が病死し、取締役の円谷一が2代目社長に就任した。円谷一は1973年2月9日に急死し、専務取締役の円谷皐が3代目社長に就任した。

1979年に映画『ウルトラマン怪獣大決戦』が松竹富士系で大ヒットしたが、これに関して『キネマ旬報』に「ライバルの松竹に塩を送った格好の東宝は渋い顔」という内容の記述がある(東宝での配給は断ったという)。1983年に円谷一夫が円谷プロダクションに入社して営業課長に就任する。

経理は東宝の出向重役が管理しており、代表印も東宝が保有していた。これにより、東宝のメインバンクであった三和銀行(現:三菱UFJ銀行)からの融資も容易になっており、経営難を乗り越えることができていた。円谷皐はこの状況を快く思っておらず、1992年にTBSへ期限付きで譲渡していた『ウルトラシリーズ』の販売権や窓口権が戻ってくると、これらの権利を担保に得た資金で、円谷皐の事実上の個人会社であった円谷エンタープライズが東宝の保有する円谷プロダクションの株を買い取り、東宝との資本関係を解消した。

円谷家の経営

東宝の傘下を離れた円谷プロダクションの株は、円谷皐が過半数の株を保有する円谷エンタープライズが45.5%、円谷皐個人が15%を保有した。こうして、円谷皐が株の過半数を握るオーナー社長として円谷プロダクションの経営にあたった。

1995年6月11日に円谷皐が病気により退任し、営業部長の円谷一夫が4代目社長に就任した。21世紀初頭からは特撮テレビシリーズの本格的再開により、制作費は増加となった。しかしその一方で、大ヒットに恵まれなかったことと東宝からの離反に伴い、かつての後ろ盾であった三和銀行が抜けたために経営基盤が弱体化し、加えてTBSとの関係悪化などにより、2007年2月の期決算では売上高約56億円に対して当期純利益は約4400万円に止まった。累積赤字の膨張による倒産を危惧した役員は、円谷一夫から制作部の円谷昌弘への社長交代を要求し、2003年に円谷昌弘が5代目社長、円谷一夫が代表権を持つ会長に就任した。さらに円谷プロダクションを退社していた円谷粲と円谷英明が復帰して、一族で経営にあたることになった。一方で専務取締役の高野宏一は、この過程でバンダイの乗っ取りに加担する「クーデター」を計画したとして、辞表を出すように要求されて円谷プロダクションを去る事態になった。

2004年に円谷昌弘が女性社員へのセクハラ問題により辞任し、円谷英明が6代目社長に就任した。経理の正常化を目指した円谷英明もまた、1年後に役員会で解任動議が出されて、過半数の株を持つ会長の円谷一夫の同意により解任され、東宝不動産の取締役だった大山茂樹が7代目社長に就任した。しかし、2007年6月の取締役会で、大幅なリストラを主張した大山を円谷一夫が解任し、円谷一夫が復帰する形で8代目社長に就任した。

TYOの連結子会社化

円谷プロダクションは銀行からの融資がストップし、30億円の累積赤字を抱えて倒産の危機に直面して、2007年10月に非常勤取締役の森島恒行の紹介により、CM映像のコンテンツ製作などを手がける映像会社のTYOから当面の資金繰りのため数千万円の融資を受けた。しかしそれを返済できず、担保となっていた円谷エンタープライズの過半数の株をTYOが取得した。さらにTYOが第三者割当増資で取得した株と合わせて、円谷エンタープライズの筆頭株主(80%を保有)となった。また、円谷一夫が当時保有していた円谷プロダクションの株の22.5%を円谷エンタープライズに譲渡することにより、円谷エンタープライズにおける円谷プロダクションの株保有比率を45.5%から68.0%に引き上げた。これらのプロセスを経て、円谷プロダクションの経営権はTYOが取得してTYOのグループ入りした。円谷一夫は社長を解任され、森島恒行が9代目社長に就任した。


 

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