お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

小浦一優



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

小浦 一優(こうら かずまさ、1967年12月18日 - )は、日本の俳優、お笑い芸人、振付師、ダンサー、脚本家、絵本作家。別名、芋洗坂係長(いもあらいざかかかりちょう)、CO-RA

福岡県北九州市門司区出身。えにしんぐエンターテイメント所属で、同社代表取締役も務める。芸映と業務提携を結んでいる。身長166cm、体重105kg。血液型はA型。

福岡県北九州市門司港「二代目清美食堂」店主でもある。

来歴

高校時代からダンスチームを結成して活動していた。高校卒業後は歌番組で田原俊彦や中森明菜のバックダンサーを務めるなどダンサーとして、また自分の劇団「PROJECT TENSION」を結成するなどして活動。東京に上京してきた時の一番の仕事は、ザ・ベストテンに出演して「TATTOO」を歌っている中森明菜のバックダンサーであったという。

六本木のショーパブで出会ったのがきっかけで、同じ福岡県出身の田口浩正と1988年にお笑いコンビ「テンション」を結成。バラエティ番組などで活動した。テンション時代のコントは、洋楽曲「ロリポップ」をモチーフにはずみをつけて漫談を繰り広げていた。その他、博多弁のラップも披露していた。1992年にはよみうりテレビの『電動くるくる大作戦』にテンションとしてレギュラー出演。この番組の出演者は、雨上がり決死隊の二人でその他出演者でFUJIWARA、バッファロー吾郎、ベイブルースがおり、テンションも含めた5組で毎週交代の持ち回りで司会を担当していた。

1993年に田口は映画役者を目指し、小浦は舞台役者を目指す為にコンビの活動を休止(小浦によれば「解散ではない」とのこと)。ソロとして舞台を中心にCMの振り付けなどにも活躍。ホリプロのお笑いユニット「携帯万能カプセル」を経て1996年には是永克也に誘われイジリー岡田や下平ヒロシ(当時は「ヒロシ」)らと共に「劇団 I-CHI-MI」の旗揚げに参加し、更に劇団メンバーでアカペラでギャグパフォーマンスを行うトリオ「GO-JAP」を結成して活動した。2004年には同劇団を発展的解消。岡田や下平らと「東京アンテナコンテナ」を立ち上げ、公演の脚本・振り付けを担当した。

2011年7月、東京アンテナコンテナを第10回公演「ハイリスク High School」を最後に「卒業」。同時期に所属事務所トリガープロモーションから独立し、えにしんぐエンターテイメントを設立した。また、2015年7月からは芸映との業務提携を開始している。

芋洗坂係長

ピン芸人としては、上記の劇団の公演で生まれたサラリーマンキャラクターで、『R-1ぐらんぷり2008』に出場した際に名乗った“芋洗坂係長”として替え歌などを披露することが多い。日本語の歌では曲の歌い出しに合わせたオチをよく言う。

人物

趣味は似顔絵描き、特技はタップダンス、和雑貨造り、ちぎり絵、書道、物まね、替え歌。実家で母が営んでいた「清美食堂」は、門司港発祥の名物料理とされている焼きカレーと並ぶ麺料理ちゃんらーの発祥の店で、1998年(平成10年)に閉店していたが、2014年(平成26年)1月12日、姉とともに「二代目清美食堂」として場所を移して再びオープンした。

R-1ぐらんぷり2008では優勝したなだぎ武に2点差で敗れ2位となる。だが、関西地区の瞬間視聴率は19.5%で、芋洗坂係長出演時に最高瞬間視聴率を記録した。息子には「日本一になってくるからな」とメールしており、「グー」の絵文字が大量に返信された。そして準優勝後に「日本一になれなくてゴメンな」と送信したところ、「でも、今までで一番面白かったよ」と返信されてきたという。

2009年3月14日、地元門司で行われた「ゆるキャラまつり in もじ」の席上、北九州市長の北橋健治から37人目となる「北九州市特命大使」(観光大使)に委嘱された。本名ではなく、「芋洗坂係長」名義である。またこれより少し前には、北九州市議会議員選挙の投票を呼び掛ける啓発CMにも「芋洗坂係長」名義で出演しており、実質的には本名よりも「芋洗坂係長」のほうが知名度が高い状況となっている。

こうした状況を受けて、所属事務所の「えにしんぐエンターテイメント」には「芋洗坂係長公式オフィシャルサイト」という表記になっているほか、業務提携先の「芸映」の公式サイトの所属タレントにも「芋洗坂係長」名義で紹介されている。


 

取扱中の公演・チケット情報

現在取り扱い中の公演はありません。