お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

対象のクレジットカード決済でカンフェティのチケットを購入すると5%還元!

松竹芸能



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

松竹芸能株式会社(しょうちくげいのう)は、大阪府大阪市中央区北久宝寺町に本社を置く芸能事務所。松竹の連結子会社である。吉本興業と並び、上方演芸界の二大プロダクションのひとつ。

沿革

1958年、大阪歌舞伎座の地階にあった歌舞伎地下演芸場に芸人を配給していた新生プロダクションと上方演芸が合併。新たに松竹の資本参加を得て、前身会社である松竹新演芸が設立される。

以降、道頓堀角座(演芸の角座)を中心に、神戸松竹座と新世界新花月に芸人を配給し、隆盛を極めるが、1980年前半に起こった「漫才ブーム」以降は吉本興業直営の花月劇場チェーンに観客を奪われ、1984年に角座は3年間にわたり閉鎖される。このことが発表された時、今は亡き6代目笑福亭松鶴がテレビで『その3年間、私ら芸人はどこに出ればいいんですか。代替の席も用意せずに閉館するなんて無茶だ』と訴えたことがある。その際彼の後ろに松竹芸能所属の芸人たちが居並んでいたことから、この時多くの所属芸人が同様の不満を持っていたと推測される。実際この間に松竹芸能を離脱した芸人もおり、契約で角座に出演していた他の事務所の所属芸人たちも軒並み吉本に流れ、未だに松竹芸能の興行には戻ってきていない。

角座閉鎖後、松竹は1987年1月に同じ道頓堀の映画館・浪花座の一部を演芸場に改装して「演芸の浪花座」を開場し、松竹芸能所属芸人の本拠地としたが、遠のいた客足を取り戻すことはできず、浪花座は2002年1月に閉館した。ちなみにこの浪花座閉館の際、サンケイスポーツ大阪本社版での「浪花座閉館」を報じた記事の中で正司敏江は、「角座(ビル)に映画館が2つあるから、どちらかを演芸場にできんやろか」という、「私案」とも言うべき興味深いコメントを残している。

2002年4月、道頓堀のパチンコ店「四海樓道頓堀店」4階の小ホール・「ミナミのど真ん中ホール」を間借りし、演芸興行を再開する。このホールは、パチンコ店の4階にあるというだけでなく、3階で券をもぎり、すぐに階段を上り、屋上を通過してホールへ入るという、まるで隠し部屋のような場所だった。

この「ミナミのど真ん中ホール」での興行から、若手芸人が中心となった日替わりのお笑いライブ「ナイトイベント」を新たに導入、昼は「とんぼり一番館」と銘打った従来からの寄席興行、夜は若手芸人によるライブという2部構成で、演芸興行を行うようになった。この「寄席」と「お笑いライブ」の『二部構成』というスタイルは、後述の「B1角座」以降にも継承されている。なお「とんぼり一番館」という名称は、「ミナミのど真ん中ホール」での興行を終えた2003年12月まで使われた。

「ミナミのど真ん中ホール」は、奇しくもますだおかだやアメリカザリガニの人気が急上昇し始めた頃と重なり、大盛況となる。とりわけ場数を踏む機会が限られていた松竹芸能の若手芸人にとって、「ミナミのど真ん中ホール」は良い刺激や成長できる場所となった。それまでは月に1回程度のごく小規模な場でしか、ネタを披露する機会を与えられていなかったが、このホールにより松竹芸能の若手によるライブの回数は格段に増えていった。

2004年1月、道頓堀角座跡に建てられた角座ビル地下1階の居酒屋跡を松竹から賃借して「ライブスペースB1角座」を開設し、新たな常打小屋を確保。同時に劇場の運営を松竹芸能が直接行うことで、従前の間借り状態の劇場では制約があって難しかったオールナイトライブなど、より柔軟な形でのイベントの開催が可能となった。

2004年には、安倍彰が社長に就任している(2011年5月に副会長、その後、2012年4月に会長に異動となった)。

2006年には設立50周年を記念したロゴマークを作成し、制作を担当しているテレビ番組のエンドロールの社名の前に記している。なお、50周年というのは前述の上方演芸の設立年から数えたもので、松竹新演芸の設立から数えると同年で48年目である。また2008年には松竹新演芸の設立から数えると同年で50周年を機に社名の書体を宋朝体に改めた。

2007年1月に角座ビル3階に入っている映画館を閉館して改修し、現在の3倍の350席を確保して、角座を復活させると発表。新角座では演芸だけでなく、演劇など様々なプログラムを提供するとしていた。しかし、4月19日に防音面など構造上の問題が見つかり、改修費が当初の見込みから大幅に増えることが判明したとして、計画の白紙撤回を発表した。この一件は松竹芸能の甘い状況判断によって起きた事件だったことから、所属芸人の一部から不満の声も漏れた。

新角座のこけら落としで予定されていた桂春菜(2代目桂春蝶の息子)の3代目桂春蝶襲名披露公演は翌春以降に延期された(2007年5月11日付の京都新聞のインタビュー記事では、春菜が松竹芸能への不信感から独自に襲名披露公演を行うことが書かれていた。なお、実際に春菜改め3代目春蝶は、襲名から1年強経過した2011年春に松竹芸能との契約を打ち切った)。

演芸興行については、2008年7月5日より通天閣の真下にある「STUDIO210」にて、「通天閣劇場 TENGEKI」と称した興行を再開させている。「STUDIO210」(旧称「通天閣歌謡劇場」)は通天閣観光の運営するホールであり、松竹芸能はホール運営には携わっておらず、「TENGEKI」の開催は土・日のみで「B1角座」の時より縮小となる。これに先立って、2008年5月を最後に、角座ビルの建物施設の老朽化を原因に「B1角座」の閉館が発表され、本ビルの3階部分を改修しての新角座計画が、改めて甘い状況判断であった事を浮き彫りとした。同年5月31日をもって正式に「B1角座」は閉鎖、跡地は松竹の手により売却された。

2007年1月1日付から所属タレントの非喫煙者かつ嫌煙家の増加により、松竹芸能事務所内の全面禁煙(喫煙エリアおよび喫煙ルームの廃止)を導入した。

2011年5月14日に、同社の東京での初の劇場として、新宿区の元・小劇場「THEATER/TOPS」跡に、「松竹芸能 新宿角座」をオープンし、「角座」の名跡を復活させた。さらに、道頓堀角座の敷地を買収したケンズネットワークスより賃借する形で、2013年7月28日にダイハツ工業との命名権締結による「松竹芸能 DAIHATSU MOVE 道頓堀角座」を開場、松竹芸能本社も同所に移転した。

借地契約満了に伴い「松竹芸能 DAIHATSU MOVE 道頓堀角座」が2018年7月22日で閉館し、同所に入居していた松竹芸能本社が同じ中央区内の北久宝寺町2丁目へ移転したが、道頓堀角座に代わる劇場については設置計画はあるものの具体的な設置時期について当初は「未定」として、他の劇場(道頓堀 ZAZA POKET'S、SPACE9等)を間借りしていた。

同年11月になって大阪での劇場開設が発表され、大阪市中央区東心斎橋に2019年1月1日「DAIHATSU 心斎橋角座」を開場した。


 

取扱中の公演・チケット情報

公演名
公演期間
会場
チケット購入

取扱中の公演
一般販売

<カンフェティ取扱チケット>
全席自由(前売):4,500円(税込)

【「モバパス(電子チケット)」選択可公演】(※カード決済のみ)
初めてご利用の方はLINK STATIONの提供するアプリ「モバパス」(無料)のインストールと会員マイページへのアプリ番号登録が必要です。予約後でも問題ございません。※「モバパス」をご利用の場合、チケット買戻しサービス対象外となります。
(「モバパス(電子チケット)」の詳細はこちら
2020年4月21日 (火) 〜
2020年4月26日 (日)
日暮里
d-倉庫