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村上弘明



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Wikipedia

村上 弘明(むらかみ ひろあき、1956年12月22日 - )は日本の俳優。本名は同じ。

岩手県陸前高田市広田町出身。宮城県気仙沼高等学校卒業、法政大学法学部政治学科中退。オフィス佐々木を経て、オスカープロモーション所属。

来歴

進学校・気仙沼高校に越境入学して卒業。医学部を目指して浪人中、映画館に入り浸って3浪した末に「東京の大学に行って教職課程を履修し故郷に帰って教師になる」と両親に言って法政大学法学部に進学。映画好きの友人が無断で応募した映画『もう頬づえはつかない』のオーディションを受けて主役にキャスティングされそうでされなかった事を切っ掛けに芸能事務所に籍を置く。

事務所の意向を受け不本意ながら1979年『仮面ライダー (スカイライダー)』主演オーディションに応募し3,786人の候補者から選出され主人公・筑波洋役でデビュー。役者をしている事を両親に黙っていたが『仮面ライダー』の放送が始まると両親に露見したので両親に了承されて大学を中退。1980年には、劇場版『仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王』にも主演している。

現代劇を中心に活動していたが、1985年の必殺スペシャル第5弾『必殺仕事人意外伝 主水、第七騎兵隊と闘う 大利根ウエスタン月夜』以降、必殺シリーズの花屋(後に鍛冶屋)の政役で出演し、時代劇にも活動の場を広げた。同年、NHK大河ドラマ『春の波涛』を皮切りに、1988年には『武田信玄』で農民から一城主になる武将高坂昌信、1993年の『炎立つ 第二部』では藤原清衡を主演した。1996年の『秀吉』では明智光秀を演じたが、時代考証を担当した小和田哲男の「明智光秀はこれまでの時代劇では悪役が多かったが、歴史的に見れば悪役とはいいがたい面もある。明智役は若くて爽やかで清潔感のある人を」という言葉により配役され、小和田もその演技に「満足した」と語っている。村上が演じていた時期に、光秀の居城である丹波亀山城や首塚(亀岡市宮前町の谷性寺)のあった京都府亀岡市を訪れる観光客が増加したことを、京都新聞が報道した。1999年『元禄繚乱』では柳沢吉保を演じ、2013年の『八重の桜』では松平春嶽を演じ、同作が東日本大震災からの復興のために作られる側面を持つことから、出演を決めたとのことである。

1987年、映画『極道の妻たちII』での演技が評価され、日本アカデミー賞 優秀助演男優賞を受賞する。1989年の鴻上尚史監督のコメディ『ジュリエット・ゲーム』では、国生さゆり演ずるヒロインに一目ぼれし追いかけまわす小学校教師役で主演を務めた。1991年には、アメリカ映画『アイアン・メイズ/ピッツバーグの幻想』に出演し、国際的な活動も開始している。

1992年、藤沢周平の小説『用心棒日月抄』を原作とした金曜時代劇『腕におぼえあり』に主演しシリーズ化され、2005年には近衛十四郎と千葉真一に次ぐ三代目・柳生十兵衛役として、金曜時代劇『柳生十兵衛七番勝負』に主演し、大層好評だったことから第3シーズンまで制作・放映された。このほかにはテレビ朝日の『八丁堀の七人』、『銭形平次』などに主演した。

2009年6月、妻がモデル時代に在籍していた縁もありオスカープロモーションへ移籍。

2011年、東日本大震災では、岩手県陸前高田市にある実家が被災した。外出中だった両親は辛うじて九死に一生を得たが、母方の叔父夫婦と従兄弟が死亡。実家の建物も半壊し、建て替えを余儀なくされた。

2012年5月、NHK東日本大震災復興応援ソング「花は咲く」にボーカルとして参加。IBC岩手放送が毎年12月に開催するIBCラジオ・チャリティー・ミュージックソンにも度々ゲスト出演している。また2016年よりみなと気仙沼大使を務める。

2018年2月に病院での検査で初期の大腸がんが見つかり、手術を受けていたことを2019年1月に所属事務所が公表した。

人物・エピソード

妹が1人いる(2人兄妹)。

子供の頃は『隠密剣士』が好きで、真似をしておもちゃの刀を振り回すなどしていた。俳優になってからは、『仮面ライダー (スカイライダー)』のメインライターが『隠密剣士』も手掛けた伊上勝であったり、オロナミンCドリンクのCMで『隠密剣士』の制作会社である宣弘社に携わるなどし、縁を感じたという。

映画が好きで、浪人生時代に『風と共に去りぬ』を観たことがきっかけで映画業界を志した。東京の大学を選んだのも映画業界に触れるためであったが、親には教師になると約束していた。

大学生時代はよく映画を鑑賞しており、邦画ではATG作品など社会性のある作品を愛好していた。

1990年、元モデルの田島都と結婚。二男二女あり。


 

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