お得な公演チケットサイト Confetti(カンフェティ)

カンフェティは創刊15周年!

八田陽子



※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube検索等を行い、
その結果を自動的に取得・表示しています。


 

Wikipedia

株式会社京都アニメーション(きょうとアニメーション、英: Kyoto Animation Co., Ltd.)は、日本のアニメ制作会社。略称は京アニ(きょうアニ)。主にテレビや劇場用アニメーション作品の企画・制作(元請け)、他社作品の制作協力を行っている他、出版事業やマーチャンダイジング事業なども行っており、アニメーションを軸としたコンテンツ事業を展開している。会社商標ロゴは「京」の文字をモチーフにしてデザインしたもの。

2006年から2009年に掛けて発表した「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」「けいおん!」等の作品が、立て続けに社会現象的なブームを引き起こし、その名がアニメファンのみならず一般にも知られるようになった。

概要

京都府の宇治市と京都市伏見区に本社と複数のスタジオを構え、テレビアニメーションの制作や、その劇場版アニメーションの制作を主力事業としている。2016年には、テレビアニメを経由しない単体となる長編アニメーション映画の制作にも初参入した。また、自社関連グッズを販売する『京アニショップ!』を京都に実地店舗として持つほか、オンライン上での通信販売も行っている。その他の事業に、自社文庫レーベル『KAエスマ文庫』での出版事業や、『京都アニメーションプロ養成塾』でのスクール事業運営も行っている。

一部のポストプロダクション工程は社外で行う必要があるため、京都の本社とは別にオフィスを東京都港区に置く。また、演出など一部のメインスタッフは京都と東京を往復することも多いといわれる。そのほか、福利厚生として社宅を完備。2013年からは自社イベントを京都市内で定期的に開催している。

2005年発表のアニメ版AIRからは最高峰の制作技術で業界の先駆けとなる企画を展開し、ネット時代の日本のアニメ文化の方向性を決定付けたとされている。

歴史

創業

創業者の八田陽子(旧姓: 杉山)は東京都出身で、アニメーターである実兄の杉山卓の紹介により手塚治虫に師事し、旧虫プロダクションで仕上げ経験を積んだ。その後転職して京都府に移住し、現地で経理担当の鉄道員である英明と知り合って結婚し、宇治市に移り住み、そこで近所の主婦に請われてアニメ製作の塾を開講した。その後、東京にいる実兄やシンエイ動画の社長である楠部大吉郎などの人脈を駆使して仕事を探し、1981年に前述の主婦らと共にシンエイ動画、タツノコプロ及びサンライズの仕上げの仕事を始めたことが事業の始まりである。当初は「京都アニメスタジオ」と名乗っていたが、のちに「京都アニメーション」に改称して英明を社長に据え、1985年に有限会社として法人化される。元は仕上げの工程を行う仕上専門会社であったが、1986年に作画部門を設立し、他社の動画の下請けを始めている。

1987年のタツノコプロ制作のテレビアニメ『赤い光弾ジリオン』では実質的な制作を行ったとされ、同作品のプロデューサー石川光久がアイジータツノコ(後のProduction I.G)を設立する際には出資を行った。なお、京都アニメーションもアイジーも、設立当初は杉山卓及び陽子の実姉が、大手製薬会社で経理を担当した経験を活かして支援していた。

体制確立後

やがて1990年代半ばから、演出・作画・仕上げ・背景・撮影などを自前で行う体制を整え、テレビアニメのグロス請けを行うようになった。スタジオを4か所構えた時期もあったほか、ゲームソフトのパッケージデザインや、そのソフトに関連したコミック版も請け負っていた。

1992年にはシンエイ動画からの受注で内田春菊原作のテレビアニメ『呪いのワンピース』を、演出から仕上げまで初めて社内スタッフだけで制作した。このころにはすでに質の高い仕事で評判になっていた。その後、長らく主要取引会社であるシンエイ動画・サンライズ・ぴえろ・タツノコプロ・GONZOなどの制作作品のグロス請け等の下請けを行った。また、『紅の豚』や『魔女の宅急便』などのスタジオジブリ作品の制作にも参加した。アニメ監督の杉井ギサブローによると、その評判から仕事の依頼が絶えず、発注元の制作会社では京都アニメーションに仕事を依頼するためにスケジュール調整を行うことがあったという。

1999年、株式会社に組織変更。このころから、デジタルペイント・デジタルコンポジット制作体制へと移行する。


 

取扱中の公演・チケット情報

現在取り扱い中の公演はありません。