正名 僕蔵(まさな ぼくぞう、1970年8月11日 - )は、日本の俳優。本名、正名 文夫(まさな ふみお)。愛称、ぼっきー。神奈川県川崎市出身、大人計画所属。
神奈川県立光陵高等学校、青山学院大学文学部仏文学科卒業。血液型O型。身長174cm、体重60kg。靴のサイズ26.5cm。特技は指ダンス。
来歴
- 1992年、大学四年の頃に大人計画に入団した。1992年2月6日のオーディションで、『冬の皮』のみの出演希望者と劇団員志望者を区別して募集していたが、劇団員志望で受けて合格した。
初舞台は『冬の皮』。大人計画公演の他、遊園地再生事業団、村松利史プロデュースへの客演も多い。同期入団は阿部サダヲ、猫背椿、宮崎吐夢。ハリウッド映画に挑戦するために一度退団している。ウーマンリブ「ずぶぬれの女」以降、マネジメント契約を交わしているのみ。代表作は『ショムニ』(岡野玄蔵)、『HERO』(井戸秀二)、『それでもボクはやってない』(大森光明)など。人物
- 幼少の頃は、多摩川から数分歩いたところに住んでいた。多摩川の土手を上がった所を朝食前に散歩したり、日曜日に弁当を持ってサイクリングに行ったり、夕方キャッチボールをしたりした思い出がある。
- 中学時代は神童と呼ばれていて、体育や美術の評価は3だったが、主要五教科はオール5の優等生だった。試験では満点を取るのが当たり前だったが、高校に入ってからは勉強する意味がわからなくなり成績が落ちた。
- 昔は笑顔が下手で、愛想笑いもできなかった。本人は、今でもあまりうまくできていないが、前より随分できるようになったと思っている。
- 小学校二年までは家にテレビがあったが、テレビが壊れた時に父親が「なくていっか」と言い、それからはずっとラジオだった。そのため、当時大人気だったバラエティ番組『オレたちひょうきん族』も観られなかったためクラスメイトとの会話に事欠いた。中学・高校時代は、学校とコンビニと家の往復のような生活だった。
- 大学生の頃、学園祭のパフォーマンスコンテストで、母親に借りた着物を着て包丁を持って「蒲田行進曲」をかけながら踊った。
- 大学生の頃、白塗りに着物で「唐組」の舞台を観に行ったことがあった。その際、松尾スズキも偶然客席にいて正名を見ていたが、後日「それが正名だと知っていたら(大人計画に)入れてなかったよ」と言われた。
- カレーが好きで、コンビニで売っているようなレトルトカレーは大体食べていた(1995年)。
- 最初に観た大人計画の作品は『猿ヲ放ツ』。