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バーナード・ハーマン

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Wikipedia

バーナード・ハーマン(Bernard Herrmann, 1911年6月29日 - 1975年12月24日)は、主に映画音楽で活躍したアメリカの作曲家である。アルフレッド・ヒッチコック監督作品(『めまい』、『北北西に進路を取れ』など)や『市民ケーン』、『ケープ・フィアー』、『タクシードライバー』(遺作となった)など多くの映画作品に音楽を提供した。

経歴

出生名マックス・ハーマン(Max Herman)としてニューヨークでロシア出身のユダヤ移民1世の家庭に生まれる。父の旧姓はダルディック(DardickもしくはDardik)であったが、米国に移民する際に母方の旧姓であるフィンケルパール(Finkelpearl)に改め、次いで母のいとこのファーストネームにちなんでハーマン(Herman)と改め、さらにドイツ語風にHerrmannと綴りを改めた。

幼時からヴァイオリンの英才教育を受けた。

ジュリアード音楽院卒業後、指揮者として自作を含めて多くの録音を制作し、純音楽分野における自作もステレオ録音で残した。交響曲やクラリネット五重奏曲、オペラ『嵐が丘』、カンタータなどを残した。ヒッチコックの『知りすぎていた男』にも指揮者として登場している。イギリス、アメリカの20世紀音楽に造詣が深く、チャールズ・アイヴズを擁護する一方、ウィリアム・ウォルトンの新ロマン主義的な作風に傾倒した。ハーマンによると映画音楽は商業音楽というより機会音楽の一種であり、ハイドンやモーツァルトがダンス音楽を作曲したように、自分は映画音楽を作曲するということだった。

1941年の『悪魔の金』で、アカデミー作曲賞を受賞した。

ヒッチコック映画に数々の曲を提供したが、1966年『引き裂かれたカーテン』のために作曲した音楽の出来映えを巡ってヒッチコックと対立し、以後永久に袂を分かった。

ハーマンは熱烈なイギリスびいきとして知られ、晩年をイギリスで過ごした。

ヒッチコックと決別して以降、映画音楽で傑作を生み出せずにいたが、『タクシー・ドライバー』でのジャズの要素を取り入れたスコアが絶賛され、ブライアン・デ・パルマ監督の『愛のメモリー』と共にアカデミー作曲賞に30年ぶりにノミネートされた。

『タクシードライバー』の最後のレコーディング・セッションが終了して12時間後、息を引き取った。

同時代および後世の映画音楽に与えた影響は計り知れない。ダニー・エルフマンは、最も感化された映画音楽家としてハーマンの名を挙げている。後述のように、1998年のリメイク版『サイコ』では、ハーマンのスコアをほとんどアレンジせずに再構成している。

他の作曲家の作品にも独自の見解を持っていて、友人のエルマー・バーンスタインが『オリエント急行殺人事件』の中で列車が発進する時に流れる軽いワルツを気に入り、ハーマンの前で弾いてみせたところ、ハーマンは「死を運ぶ列車なのにワルツなんて!」と憤慨したという。

レガシー

ハーマンが亡くなった後も音楽は使用され続けている。

1977年、プログレッシブ・ロックのユートピアはアルバム『Ra』において、映画『地底探検』(1959年)で使用された楽曲「Mountain Top/Sunrise」をロックのアレンジでアルバム1曲目「Communion With The Sun」として収録した。

1991年、ハーマン作曲の映画『恐怖の岬』(1962年)がマーティン・スコセッシ監督により『ケープ・フィアー』としてリメイクされた。エルマー・バーンスタインは『恐怖の岬』のハーマンの楽曲、およびハーマンが映画『引き裂かれたカーテン』(1966年)のために作曲したがアルフレッド・ヒッチコック監督により却下された楽曲を基にアレンジして使用した。

1993年、アームステッド・モーピンの小説を基にして始まったミニシリーズ『Tales Of The City』のオープニングで映画『めまい』(1958年)のオープニングの楽曲が再現された。


 

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