1982年の開場以来、下北沢を「演劇の街」たらしめた中心的存在として知られ、多くの若手劇団が「いつかここで本公演を」と憧れを抱く本多劇場。そんな演劇の聖地で、まさかの旗揚げ公演を上演しようとしている劇団がある。その名も、銀岩塩。小劇場界の階段を数段飛ばしで駆け上がり、本多の板を踏もうとしている銀岩塩とは果たして何者なのか。 旗揚げ公演『ジアース アート ネオライン 神聖創造物 〜その老人は誰よりも若かった〜』に主演する俳優の井上正大、そして銀岩塩の創設メンバーのひとりであり、自らも俳優として出演する岩田有弘、さらにその正体は謎のヴェールに包まれたプロデューサー・銀の3人に話を聞いた。
特別な場所で、特別な仲間と、特別な時間をつくる。
――― 銀岩塩は、プロデューサーの銀、俳優兼プロデューサーである岩田有弘、脚本・演出を務める塩田泰造の3人によって結成された。その背景には、これまで下北沢を中心に数多くの舞台に立ち続けた岩田の、本多への強い憧れがあった。
岩田「小劇場出身の僕にとって、本多はやっぱり特別な場所。前々からいつか本多でやりたいって言ってたんですよ。そんな時、長年お世話になっている本多劇場グループの本多慎一郎さんから、“年末年始がまだ空いているんだけど何かやらない?”とお話をいただいて。いろんなご縁とタイミングに恵まれて、こうして夢が叶いました」
――― そこで岩田は、自らの所属劇団である「大人の麦茶」主宰の塩田、そしてプロデューサーの銀に声をかけた。
岩田「塩田泰造は、僕にとって信頼できる作家であり演出家。そしてプロデューサーの銀には先見の明がある。この3人で何か面白いことができればというところから銀岩塩はスタートしました」
――― 念願の本多劇場。その特別な場所に立つ上で欠かせない主演俳優として、岩田がオファーを送ったのが、井上だ。ふたりの出会いは、14年に上演された朗読劇『DAY IN A SUN〜一日だけ日の目を見る日〜』がきっかけ。出演するステージが違うため直接の共演はなかったが、以来、公私ともに刺激を与え合う間柄だ。
岩田「井上くんは自分の好きなようにやっているように見えて、実はちゃんと相手のやってきたことに対して、じゃあ自分はこう返そうという、芝居の出し合いの追求ができるタイプの役者さん。僕もそういうタイプだし、何より井上くんはこんなに人気者なのに芝居に対する追求心がハンパない。一緒にやったらすごいことができるんじゃないかって直感で感じて、『DAY IN A SUN』の稽古が終わる頃ぐらいから、いつか一緒に何かをやりたいねって話はしていました」
井上「岩田さんって、本当に楽しそうにお芝居をされるんです。お芝居が好きなんだってことが伝わるし、舞台に立っている時がいちばん輝いている。だから一緒にやりたいねって言ってもらえるだけで嬉しかったし、実際に本多劇場で旗揚げ公演をするって聞いた時は、この人すごいなって思いました。本多は演劇の甲子園だって岩田さんから聞いていて、つまり今回の旗揚げ公演は新設1年目の野球部が甲子園に出場するようなもの。そんな大切な公演の主演が僕でいいのかなっていう葛藤はありましたが、任されたからには頑張らなくちゃいけない。今はとにかく岩田さんの旗揚げに少しでも力添えできればという気持ちです」
観る人すべてを楽しませるために、全力を尽くす。
――― 旗揚げ公演『ジアース・アート・ネオライン神聖創造物〜その老人は誰よりも若かった〜』は、“新感覚エンターテイメント仕立ての、アホらしくも鮮烈な人間ドラマ”と銘打たれている。その全容を、プロデューサーの銀はこう明かす。
銀「コンセプトは“エンターテイメント×劇”。「大人の麦茶」では今までずっと劇というものを追求してきました。だから劇をやるだけなら「大人の麦茶」でやればいい。そうではなくて、「大人の麦茶」が追求してきたものに、エンターテイメントを混ぜて、まったく別のジャンルのものを生み出そうというのが、銀岩塩のコンセプトです。舞台セットがない中で、お客様の想像力を働かせるのが、演劇の究極のスタイルだと思いますが、今回は敢えて逆を行く。舞台美術もつくり込み、映像効果も積極的に取り入れていきます。本来、本多劇場のキャパシティでプロジェクションマッピングなんて容易に取り入れられるものではありません。よほどのロングランでない限り採算がとれませんから。けれど、今回は利益は度外視して、とにかくお客様を楽しませるものをつくるつもりです」
――― そう、銀岩塩の根底に流れるのは、徹底したエンターテイナーシップだ。
銀「重厚な作品をやればアーティスティックだし、役者にとってはためにはなると思いますが、観客側から見ればマスターベーションに近いものを感じる時がある。僕たちは、お客さんに重いものを持ち帰らせるのではなく、楽しい気持ちで帰ってもらいたいんです」
岩田「エンターテイメント性こそ、お芝居の原点。おもちゃ箱のような、観る人がワクワクするものを目指したいです。小劇場のようなコアなお芝居をやりつつも、商業演劇のようにいろんな人が楽しめる、新しい扉を開けたら」
――― クリエイティブ体制も独特だ。通常の公演では、出来上がった台本に合わせて、照明や舞台美術が考えられていく。しかし、今回はスタッフが一流のスタッフ陣が台本制作の段階からアイデアを出し合い、各セクションが同時に進行されている。そんな刺激的な環境に、井上も役者として確かな充実感を得ている。
井上「そういうクリエイティブの過程を直接見られる経験ってなかなかない。その分、僕の中で想いがどんどん増幅されていくし、舞台に立った時の気合の入れ方はおのずと変わってくると感じています。演技力って、もちろん技術は大事ですけど、結局はどれだけその舞台のことを考えたかってところによるんじゃないかなって気がするんです。だから、今回の舞台に対する想いは誰にも負けてはいけないと思うし、役者としてすごくいい経験をさせてもらっていますね」
本多劇場で過ごす、熱狂と感動の年末年始。
――― 現在、塩田が脚本を執筆中。本人をイメージして役をつくる「宛書き」スタイルで知られる塩田作品の完成を、井上も岩田も心待ちにしている。
岩田「塩田さんは独特の感覚の持ち主。宛書きと言っても、みんながイメージする井上正大ではなく、塩田さんの視点から見たものを書いてくれるので、こちらとしてもそんなふうに見えてるんだって思うことが多いんです」
井上「塩田さんの脚本は、フランス料理というより日本料理。素材の良さを活かした脚本を書いてくれるし、演出をつけてくれるんです。その人の特性に合った役をつくってくれるので、無理がないし、無理が出ないんですよね」
岩田「特に今回は出演者もいい意味でいろんな素材が揃っている。井上くんのご縁があって参加してくれたメンバーがいたり、「大人の麦茶」で今まで組んできたメンバーがいたり。合わさったらいいエッセンスが生まれるんじゃないかという組み合わせばかりで、もうワクワクしかありません」
――― 上演期間は、異例の年末年始。本来なら客足も鈍りそうな時期だが、銀岩塩に不安の二文字はない。
岩田「本多でも年末年始で公演をすることがありますが、それほど客足は変わらないそうです。むしろ年末年始のお祭り感や特別感は、銀岩塩の旗揚げ公演にもピッタリ。特に大みそかは22:00開演だから、ちょうど上演が終わる頃には年越しになる。一緒に新しい年の始まりを過ごしてもらえれば」
井上「舞台って、どれだけ役者やスタッフが準備を重ねても、初日までには50%しかできていないんです。残りの半分はお客様が来てくれて初めて完成する。チケット代と時間を費やして劇場に来てくださるお客様の期待に値するものをつくっていかなきゃと今から気合いを入れています」
銀「お祭りって、後で動画で観ても、やっぱりつまらないですよね。舞台に観に行くということは、お祭りを観に行くということ。もちろんDVDが発売されたら後日観ることはできるかもしれませんが、画面で観るとの劇場に行くのは全然違う。だからぜひ劇場に来て、銀岩塩の誕生の瞬間を一緒に体感してほしいです」
――― 多くの観客にとって、恐らく「今年最後」あるいは「今年最初」の観劇となる一本。銀岩塩の旗揚げ公演は、人気アーティストのカウントダウンライブのように、観る者すべてをハッピーな気持ちにさせる時間となりそうだ。
(取材・文&撮影:横川良明)