2008年、早稲田大学演劇研究会でモラルを中心に結成された、ナンセンスコメディ劇団・犬と串。昨年、新たに「新本格コメディ」をキャッチコピーとして掲げ、新境地を目指す彼らが贈る最新作『バカから醒めたバカ』は、初挑戦となるSFの要素に劇団の有り様を重ねてみせる要注目の舞台だ。脚本・演出に加えて4年ぶりに役者として舞台に立つモラルと、客演陣を代表して二階堂瞳子(革命アイドル暴走ちゃん)の2人に話を聞いた。
個人として/劇団としての意思表示
――― 劇団の旗揚げ以来、激しいパワーとスピードでギャグを繰り出す「ナンセンスアイドル期」、笑いと切なさを共存させる「せつナンセンス期」を経て、純粋なコメディへの原点回帰として「新本格コメディ」を掲げた犬と串。このように自覚的な変遷を歩んだ後、今期を“season.3”と称する彼らの根底には“変わりたくない”という思いがある。
モラル「僕は自分の今の作品作りの環境がすごく好きで、ずっとこのまま楽しくワイワイ、ワチャワチャやっていたいという、ある意味ピーターパン的なところがあって(笑)。そういう少年少女性と、それでも大人になってしまっていく自分たち、みたいなところがseason.3のテーマなんです。そこではコメディに立ち返るということだけでなく、もっと大元の話をすると、もう“好きなことをやる”ということ。変に大人ぶらないというか、無意識のうちに“こうだから、こうでなきゃいけない”と考えていることを1つずつ消していって、単純にやりたいことをやろうと」
――― その最初のステップが、新宿ゴールデン街劇場というミニマムな空間の中、最少限の出演者で上演した昨年の公演『ハワイ』だった。
モラル「あれは、ほぼメタ的な作品というか、今の自分たちの喜びとか苦しさを全部出そうという作品で、稽古場でもお互いの考えていることや思っていることにすごく踏み込んで作っていきました。それを見せてお客さんが喜ぶのかという不安も大きかったですけど、ちゃんと1つのコメディになったと思っていて。それは作品が愛されたということでもあるし、自分たち自身を愛してもらえた時間だったのかなと」
――― そして新作『バカから醒めたバカ』は、とある男女4人組の若い頃と30代の世界が交錯するタイムスリップ・ラブコメディ。
モラル「年月を経て変わることと、変わらないことがある。そこでタイムスリップという要素がどう活かされるかは、観てのお楽しみということにさせてください(笑)。そしてこの作品は、僕が30歳になって1本目の作品で、そういう意味でも内容とリンクしています。僕にとっても劇団にとっても、これから迎える30代を楽しく生きていくんだっていう1つの意思表明みたいな作品として受け取ってもらえたら嬉しいです。あと、『ハワイ』では今までと違う気持ち良さを公演期間中に感じたので、そこに僕はやっぱりキャストとしても存在していたいと思い、今回は自分も出演することにしました」
同時期に劇団を作り、一緒に走ってきた
――― そこに迎える客演陣の1人が二階堂瞳子。モラルと同じく2008年、桜美林大学在学中に前身となるバナナ学園純情乙女組を結成、現在は革命アイドル暴走ちゃんの主宰としてオタク/サブカルチャー/その他諸々のモチーフを詰め込んだ狂騒的なパフォーマンスを統率している。そんな彼女が役者として舞台に立つのは3年ぶり。その3年前の舞台も犬と串の公演だった。
二階堂「犬と串が早稲田の劇研でやっていた頃から観ていました。同世代で尖っていて、“若い”っていうか、学生演劇っぽいことをやっているけど、技術面とかがすごく高くて、“早稲田ってすごいな”と(笑)」
モラル「僕はバナナ学園の舞台を観て、いつかご一緒したいと思っていたんです。それで劇団とは別のメンバーでユニットを作って4人芝居をやったときに、二階堂さんに出ていただいたのが最初で(2013年 生前葬『笑って!タナトスくん』)、そのすぐ後に、犬と串の本公演(同年『左の頬』)にも出ていただきました。それまで全然面識はありませんでしたが、シンプルに、二階堂さんの持つ破壊力みたいなものが欲しかったんです。そして今回も、二階堂さんじゃないといけない話を思いついてしまった(笑)。代わりがきかない人なんですよね」
二階堂「ありがたいです。でも今回オファーをいただいたとき、最初はめっちゃ断りましたよね(笑)。自分の団体では全体を管理したいので、表舞台に立つことは考えていないんです。だから役者としてブランクが空いてしまったし、自信も全然ないのでご遠慮させていただきたいって。でもすごくきちんとした企画書をいただいて、何度もやり取りを重ねているうちに、ちょっとやりたくなってきたぞと思って(笑)。役のこととかも教えてもらって、そんなに私のことを考えてキャスティングしてくださったのかと」
モラル「自分と同じような時期に劇団を作って創作を続けてきた二階堂さんに対して、違う道ではあるけど一緒に走ってきたような感覚があるんです。だから、“大人になってしまった僕たち”みたいなところを前提にした今回の作品でご一緒したかったというのもあるかもしれません」
二階堂「嬉しい(笑)。モラルさんの書く脚本はいつも超面白くて、こんなの私の脳みそじゃ思いつかない!って思っているので、ベクトルは全然違っても、負けてられない、私も頑張ろう、みたいな思いはありますね」
“バカ”という言葉も、今はしっくりくる
――― 今作では、犬と串Jr.という新人劇団員たちが出演するのもトピックの1つ。
モラル「先ほどの話に戻っちゃいますけど、そもそもseason.3をやろうと思ったきっかけとして、自分が変わりたくなくても物事はどんどん変わっていくから、変わらないでいるためには変わらないと駄目なんだって思ったんです。そういう意味で、少年で居続けるためには劇団が流動的に新陳代謝をしていかなきゃいけないなと思い、サークルを離れて以来、初めて大々的に新人募集を行いました。結局、根っ子は一緒なんです。新人を入れたことも、season.3でこういう内容の作品をやることも、二階堂さんにオファーさせてもらったことも、すべて自分が今思っているところから来ているんだと思います」
――― そんな犬と串の新作に『バカから醒めたバカ』というタイトルがついていることには大きな意味がある。
モラル「犬と串の舞台は、パワーで押すところもあるし、下ネタもすごくあるので、“いい意味でバカ”って言われることがよくあるんですけど、実は昔、そう言われるのがちょっと嫌いだったところがあって。向こうは褒めてくれてるとは思うんですけど、そういうことじゃないんだよって」
二階堂「わかる!」
モラル「だから、自分で自分たちをバカと呼ぶことは意図的に避けてきました。でもseason.3になって、もういいかなっていう、肩肘張らなくなった部分がある。こう思われたくないっていうバイアスが強いせいで、結果的にやりたいことからズレていったり、何かが崩れていくのは違うなと思って。そういう意味で、今回はタイトルに“バカ”という言葉がパッと思いついて、しっくりきたんです」
二階堂「暴走ちゃんのパフォーマンスも、どんなふうに受け止めてもらってもいいんです。終わった後に、帰りの電車とかで“あの人たちは何だったんだろう”って日常に戻ってしまう瞬間というか、そのギャップを楽しんでもらえたらいいかなと。昔、けっこう尖っていた頃は、“私だっていろいろ考えてるんだよ”っていう気持ちもあったけど、今は“こんなに濡れたり汚れたりする過酷な舞台を見てくれて本当にありがとう”っていう、菩薩の心しかないです(笑)」
モラル「自分の中にしかないこだわりはもういいかな、ってなってくるんだよね、だんだん」
――― こうして時は満ち、共感を交わし合う2人がまた舞台で相まみえる。
二階堂「うん。だからすごく楽しみです」
モラル「3年前にご一緒したときは、僕はまだ作品のタイトルに“バカ”って絶対につけない自分だったし、これから稽古していく中で、僕も二階堂さんのことを“こんなふうに変わったんだな”って思うところがいっぱいあるはず。たぶん、そういうのが活きてくるのが今度の作品なんじゃないかなと。昔はスパーンと言えてた言葉が言えなかったり、逆に、昔は考えが及ばなかったことまで考えられるようになったり、いろんな変化がある中で、明るい未来みたいなところを嘘なく作っていきたいと思っています」
(取材・文&撮影:西本 勲)