日本の伝統芸能が今も日常生活の中で生き続ける街、神楽坂で2009年から開催されている『神楽坂落語まつり』。その一環として行われる今年の<神楽坂二人会>は、入船亭扇辰・桃月庵白酒(昼席)、古今亭菊之丞・柳家三三(夜席)という豪華な組み合わせ。初回からすべての年に出演し、『神楽坂落語まつり』のプロデューサー的な役割も担う古今亭菊之丞に見どころを尋ねると、「神楽坂の街を見物するついでに、フラッと来ていただけたら」と話してくれた。
“第三次神楽坂落語”の波が来ている
――― 今や古典落語の名手として押しも押されぬ存在の菊之丞が真打に昇進したのは2003年。神楽坂との本格的なつながりも、ちょうどそのくらいの時期に始まったという。
「最初はパレアナさんという、お客様が15人くらいしか入れないような喫茶店(現在はギャラリー)での落語会でした。こういう小さな会って本当にたくさんあるんですよ。落語は座布団一枚あればどこでもできますし、席亭(寄席の主人)になりたいっていう人はあちこちにいますから。定席の寄席は東京に4軒しかありませんから、こちらとしても、やってくださる方がいればどこでもやらせていただくという形でね」
――― そこから神楽坂界隈での評判が広まり、昭和40年代から落語会が開かれていた毘沙門天で2005年に『菊之丞の会』がスタート。今年4月で37回を数える人気シリーズとなっている。その後、芸能の街として神楽坂を盛り上げるという趣旨のもと『神楽坂落語まつり』が立ち上がるにあたり、錚々たる顔ぶれを集めるための仲介役となったのが菊之丞だった。
「今は多分、“第三次神楽坂落語”みたいな時期なんじゃないかと僕は思ってるんです。第一次というのは、三遊亭金馬、円歌、林家三平といった方々が新作落語をぶつけていた時代。そして、今の柳家喬太郎さんとか扇辰さんが、慢性ろくまく宴っていう落語会をやっていらした時期が第二次かなと。そして次に、新しい大きな会として『神楽坂落語まつり』をやりましょうということになったとき、私のところへ話を持ってきていただいて、その第二次の頃にやっていた方にお声がけをして、ご快諾をいただいたというわけです」
――― その成果はメイン企画の<毘沙門寄席>として結実し、今も続いている。その一方で行われる<神楽坂二人会>も、今年の4人のほか、これまでに立川志らく、柳家喬太郎、柳家花緑、柳亭市馬、林家正蔵といった面々が出演してきた注目の出し物。その組み合わせは菊之丞に委ねられている。
「いつもは選ばれる立場ですけれども、この企画では私が選ぶ立場。どういうメンバーで組んだらお客様が喜んでくださるかを考えるのは、楽しみでもあります。ここ数年はほとんど同じメンバーですけど、組み合わせを変えてみたりね。そして私たち自身にとっても、二人会というのは刺激になるんです。相手がどういう噺をぶつけてくるのか、その日のお客様の状態を見て、どういう出方をするのか。そこは刺激をし合うというか、勝負ですよね」
古典落語の敷居は高くない
――― 冒頭に挙げた今年の<神楽坂二人会>のラインナップも、菊之丞いわく「4人のバランスを考えて」組み合わせを考えたもの。
「同じ古典落語でも、扇辰師匠はどちらかというとしみじみ聞かせる方で、白酒師匠はワッと派手な感じ。そういうのを一度に見られるのも面白いところだと思います。三三は唯一私の後輩ですけれども、ほんとに勉強家です。私はただ教わったままやっているのに対して、考えて考えてぶつけてくる。尊敬しています」
――― 古典落語は老若男女問わずファンがいる一方で、馴染みのない人にとってはなんとなく敷居が高いイメージもあるが、「初めての人でも楽しめる娯楽」だと菊之丞は言う。
「僕ら自身、初めて来るお客様に“ああ、今日は来てよかった”って終われるような噺をしたいと思っています。実際、敷居は全然高くないですよ。笑いどころを間違えると常連客に怒られるんじゃないかとか、そんなのは一切ありません。普段の喋り言葉で進んでいく会話劇ですから、歌舞伎なんかよりわかりやすいと思いますし、難しそうな言葉はマクラでちゃんと説明してくれます。それでもわからない言葉は飛ばして聞いてもらっても大丈夫ですし、それを後で調べるのもまた楽しい。わからないイコールつまらないじゃなくて、わからないことが楽しみになる……そうやってどんどん落語にハマッていくんですね」
――― そんな古典落語を神楽坂で味わう楽しさはまた格別。今まで興味はあってもなかなか足を運べなかった人には、絶好の機会と言えるだろう。
「神楽坂って、古いものと新しいものがうまい具合に融合してる街ですよね。今でも花柳界や黒塀があったりする一方で、流行りのカフェなんかがあったりする。寄席の組み方と同じで、あそこに行けばあれもある、これもあるっていうのが神楽坂の魅力だという気がします。今回の落語会も、そんな街をあちこち見物したり食べ歩いたりした帰りにフラッと立ち寄ってもらったり、逆に落語を楽しんだ後にちょっとおいしいものでも食べながら、今日の噺はこうだったね、ああだったねって語り合ったり。“今日はこの会に行きます!”って気張るのではなく、気楽な感じで来ていただければと思います。馬鹿馬鹿しい噺にポーンと身を委ねて、ぼんやり聞く。それでいいんですよ」
(取材・文&撮影:西本 勲)