『かぐや姫の物語』など映画、ドラマで活躍する脚本家・坂口理子、『ジョージア』の癒し系CMなどを手掛け、舞台演出家としても活動する福島敏朗、『スポーツマンNo.1決定戦』でも活躍の俳優・源の3人を中心に、今までにない繊細な感覚の演劇を目指すテトラクロマットの第三回公演『風は垂てに吹く』。主演に、『嬢王』で好演するなど女優として活躍する傍ら、トライアスロンへの挑戦等、アクティブに活動している北川弘美を迎え、W主演として新人・大薮丘がオーディションで選ばれた。
舞台は空、グライダーやTLSというキーワードがちりばめられ、今回、紐を使った身体表現をするという舞台について、出演者、脚本家に話を伺った。
――― このテトラクロマットでは、身体表現で世界観を作るということですが、身体表現を使う舞台の脚本を書くということは、普段、映像作品で脚本を書くときとは違っているのでしょうか。
坂口「脚本を書くにあたって、まず演出の福島が何をやりたいかということを聞きました。今回ならば紐を使いたいということだったので、紐を使う動きにはどういうものがあるのかを考えました。紐を使うと、離れたりくっついたりの動作になるから、そこから物語のキーワードは『つながり』とか『しがらみ』になるよねということで、そこを作品のテーマに据えて書き進めるという作業でした」
――― 物語の舞台になるのは、どういう場所なんですか?
坂口「絵が描けなくなった画家が廃墟になった天文台にやってくるところから始まります。彼女は、そこにいけばモーニング・グローリーという奇跡の雲が現れるということを信じているんです。そして天文台では、昼と夜の狭間に不思議な世界が存在しています。そこに住む人達は、空で行方不明になった人達なんです。例えば、アメリカの伝説の女性飛行士、アメリア・エアハートや、特攻隊員、ライカ犬などが集まってグライダーを作っています。その世界にヒロインが行くことで、ひとつの奇跡が生まれるのか、生まれないのか?という物語になっています」
――― モーニング・グローリーという言葉が出てきましたが、具体的にはどういう雲なんですか?
坂口「実際にオーストラリアなどで見られる雲なんですけど、全長1000キロもあって、そこには上昇気流が起こっているので、エンジンのないグライダーでも、どこまでも飛んで行けるんですよ。日本ではまず見られないんですけど、ヒロインは現れることを信じているんです」
――― 今回は、北川さんがヒロインということですが、どのような役を演じられますか?
北川「私が演じるヒロインは、画家です。役柄的には、サバサバした部分があって、自分に似ているなと思ったんですが、いざ、セリフを口にしてみると、どうしても優しい言い回しになってしまうんですね。そこを課題として、これからまた作っていければなと思っています」
――― そして、もう一人の主演、大薮さんは、どのような役を演じられますか?
大薮「僕の役は、ちょっと説明が難しいんですが、自分自身が誰なのかわかっていない少年なんです。グライダーが大好きで、行方不明の人達と一緒に狭間の世界にいる。ここにいる人達はみんな変わり者なんですけど、僕の役もちょっと不思議な存在ですね」
坂口「狭間の世界の登場人物は、みんな紐でつながってるんですけど、彼の役は少年だから、自由で紐がないんです。彼がなぜ自由なのかも、鍵となってくるんですけど……」
――― 今回、北川さんがキャスティングされたのは、どういう経緯があったんでしょうか。
坂口「テトラクロマットではずっと身体を使った演劇をやっていて、過去にもやってきた中で、もっと身体を使える人はいないかなと思っていたときに、北川さんがトライアスロンをやっているということを知って、思いきって声をかけてみました。ワークショップでも大活躍ですね」
北川「でも、ワークショップの後、三日間くらい座るのが大変でした(笑)」
――― ワークショップではどんなことをしているんですか?
北川「ワークショップでは、最初の頃、スローモーションで歩いてみようということをやっていました。これが簡単そうに見えて、ゆっくりと自然に歩くのってすごく難しくて、みんな右足と右手が一緒に動いてしまったりするんですね。でも、ひとつひとつの動きを丁寧にすることで、時空のゆがみを表現したりすることにつながっていくので、大事な動きなんです」
――― 大薮さんは、スクールを卒業したばかりだということですが……。
大薮「学校にいたときに、何本か舞台には出てたんですけど、そこを卒業してプロとしての初舞台なんです」
――― 大薮さんをオーディションで選んだポイントはどういうところだったんでしょうか。
坂口「北川さんと共に主演をする少年役を探していて、私は華があって目を引く人がいいと思っていたので、大薮さんを見て、立ち姿のしなやかさもあるし、ぴったりなんじゃないかと思いました。身体表現を求めるお芝居なので、振付のマサオさんから、一番テトラクロマットの身体の動かし方にあってるんじゃないかって言われたことも大きかったです。実は、当初はもっと年齢の若い俳優さんを想定していたので、別の方がいいのではという話も出ましたが、総合的に体を動かせる人のほうが、うちの舞台らしいんじゃないかということで、長時間議論した結果、大薮さんに! 最初からプレッシャーを与えてますけど(笑)」
大薮「それは、後で聞きました(笑)」
――― オーディションでは手ごたえはありましたか?
大薮「オーディションは二度あって、一回目は元気よくやれたんだけど、二回目は正直、自信が持てなくて、特に少年役なので、声を変えたほうがいいのかなとか、元気に動き回ればいいのかなとか、考えてしまうところもありました。結果的には、自信のない中でも思いっきりやったのがよかったのかなと思っています」
坂口「結果的には、大薮さんに決まったんだから、大薮さんに合う役にしようよという結論になりましたね。無理に子供っぽくしないで、自然な役にこれからしていけばいいんじゃないかということで進んでいます」
――― それにしても、スクールを出てすぐに重要な役を演じるってすごいことですよね。
大薮「ほんとにめちゃめちゃうれしくて、ある意味未来がかかってるんで、本気で挑みたいと。もうそれだけです」
坂口「空から落ちないようにしないとね」
大薮「ほんとですよね、それじゃただの事故ですから(笑)」
坂口「それにしても、すごく贅沢な仕事の仕方をさせてくれる団体だなと思いますね。稽古前に一度本読みをやってみて、役者さんの声を聞いてから、また二カ月くらい脚本を練るという作業があって、今の脚本は11稿目なんですよね。そういう意味では、大薮さんが演じる役だけでなくて、北川さんが演じるヒロインのキャラクターも少し変化しています。本読みで北川さんの揺らぎがとても魅力的に見えたので、そういう部分も付け加えられています。映像の現場では、こんな風に役者さんを交えてじっくりと作業できるということは少ないですね」
――― 北川さんは、これまでにも演技の仕事をずっとやってこられましたが、舞台に取り組む気持ちというのは、違っているのでしょうか。
北川「今まで、映像の仕事がほとんどで舞台は、二度あるんですが、どちらも時代劇でした。今回は、お客様との距離も近くて、息遣いまで伝わるような舞台になると思うので、ひとつひとつの動きを大切にして、いかに空間を作り上げていくのかが、課題です」
――― 大薮さんは、これまでのテトラクロマットの舞台を見てどう思われましたか?
大薮「以前の舞台の映像を見させてもらったんですけど、すべて身体で表現していて、湖に飛び込むシーンなんかも、美しいし、舞台なのに映像作品をみているような気分になりました」
――― この作品では、TLSという題材も扱っていますよね。(※TLS[Totally Locked-in State]=完全閉じ込め状態)
坂口「TLSの前にALSの説明からすると、ALSは筋萎縮性側索硬化症の略で、徐々に全身の運動系の筋肉が動かなくなっていって、進行すると、まばたきなどのかすかな動きで意思疎通をするしかなくなってしまう病気です。TLSというのは、そのまばたきなどによる意思表示もできなくなった状態のことを言うんですね。今回の舞台ではALSではなく、事故が原因でTLSになってしまう設定ですが、そんな中でも『生きる』ということは何なのだろうと。そして空っていうのは、どこまでも広がっていて、TLSの完全な閉じ込め状態とは真逆だけれど、真逆の題材で何か書けるのではないかと思ったんです」
――― 非常に難しいテーマですが、書きはじめるときに、結末というのは考えられていたんでしょうか。
坂口「少なくともラストは、半歩でもいいから希望が感じられるものにしたかったんです。その部分で着地点が見えたので、書けるなと思いました」
北川「最初は、繋がれている状態とか、空から落ちるとか、そういう部分がどういうことなんだろうと思って台本を読み進めたんですが、最後まで読んでみて、それまで描かれていたことが全て納得できてすっきりするし、すごくせつないお話だとおもいました」
坂口「ファンタジーの作品ではあるけれど、ただ甘いだけのファンタジーにはしたくなかったので、『せつない』というキーワードが出てくるのもうれしいですね」
――― これから稽古に取り組んでいくわけですが、本番ではどんなところを見てほしいですか?
北川「ワークショップをやってみて、一人でもタイミングが違うとその空気感が壊れてしまうんだなということがわかりました。自分の役に徹していればいい仕事っていうのもありますが、テトラクロマットの舞台というのは一人一人が息を合わせないと空間が出来上がらない舞台だと思うので、一体感を感じられる瞬間を一回でも多く作れたらいいなと思います」
大薮「僕も北川さんが言われたことと重なるんですけど、やっぱりこの舞台は一人で出来るものではないんだなと思っています。僕は今まで陸上の八種競技をやってきたし、一人で突っ走ってしまう部分があるので(笑)、そこは今までとは変えないといけないなと思っています」
北川「私もトライアスロンだから一人でやってきたので、同じだなと思いますね(笑)」
坂口「そんなお二人と個性的な共演者の皆さんが作り上げる舞台を、ぜひ多くの方々に観ていただきたいです!」
(取材・文&撮影:西森路代)