劇団はえぎわの10ヵ月ぶりの本公演が決まった。タイトルは『其処馬鹿と泣く(そこばかとなく)』。相変わらずとらえどころのない、けれどつい口に出してつぶやいてしまいたくなるような不思議なタイトルだ。主宰のノゾエ征爾は挨拶文で「“初体験”には、いつだってワクワクする」と心境を述べた。その一方で、「新鮮なワクワクばかりに気を取られていたら、大事なものを見失うゾ。」と戒める。その胸の内にあるものを、ほんの少しだけ聞いてみた。
極小の劇場スタジオで迎える17年目の新作公演
――― 前作『ゴードンとドーソン 〜妻と夫と虎の夢〜』の会場はシアタートラム。当時、ノゾエは「はえぎわで大きい空間を埋めてみたい欲求があった」と意気込みを語っていた。一転して今回の劇場はイマジンスタジオ。最大収容で150席。客席の組み方次第ではそれよりさらに座席数も減少するであろう小さな劇場スタジオだ。
「そこはやっぱり逆の反動というか。一回大きいところでやってみたら、今度は小さいところでやってみたくなるんですよね。トラムはトラムで、普段使っていない筋肉を使わされる感じがすごく楽しかった。すると今度は劇団員一人ひとりのキャラとか持ち味を立たせたものをやりたいなって思うようになって、自然と小さいところへ興味が向いたんです」
――― イマジンスタジオは客席も常設されていないフリースペースだ。この空間をどう使うかはノゾエのアイデアに託されている。そこで今回、舞台美術・衣裳でタッグを組むことになったのが、成田久だ。成田は資生堂の宣伝・デザイン部でアートディレクターを務める気鋭のクリエイター。近年のはえぎわ作品の宣伝美術も手がけてきた。
「成田さんとはもともと共通の知り合いがいて、そこからお話をするようになって。13年にやった『ガラパコスパコス』を観て気に入ってくださって、ご本人の方から“何か一緒にやりたい”って言ってくださるようになったんです。それでずっとチラシのデザインをお任せしていました。今回はフリースペースなので、空間そのものを自由につくれる面白さがある。成田さんにやってもらうのにちょうどいい機会かなと思って、お願いすることになりました」
――― 雑誌『装苑』にて演劇レビューの連載を持つなど、無類の演劇好きとしても知られる成田。だが、職業として演劇公演の舞台美術・宣伝を手がけるのは今回が初めてだと言う。
「舞台美術をやるのは、学生以来だそうです。その時は上手くできずに悔しくて泣いたらしくて。“今回は二度目の泣きにしないようにしないと”なんて話をしました(笑)。成田さんは普段は全国を相手に第一線でクリエイションをされている方。そういう人のジャッジがどういうものかはものすごく興味がありますね。今までのチラシも僕にはないものをたくさん出してきてくれたので、今回も楽しみです」
“演劇をやってること”だけはブラしたくない
――― さらなる初体験が、客演の宮崎吐夢と清水優。ふたりともノゾエとは旧知の仲ではあるものの、はえぎわ本公演には初参加となる。
「おふたりとも役者として軽くないところが好きなんですよね。大きい舞台だろうが小さい舞台だろうが関係なく、参加してみたいところに参加している感じとか。周りに流されることなくブレずにいるところとか。僕自身がブレやすいからですかね(笑)。芯があるものに惹かれます」
――― とは言え、ノゾエもはえぎわを結成して17年目になる。何か太い芯がなければ、ここまでやってこれなかったはずだ。
「それはもう“演劇をやってること”でしかないですね。最近はみなさん映画も撮られるし小説も書かれるし、どんどんマルチになっていってる。僕ももちろんやってみたい気持ちはありますが、それよりも“演劇ど真ん中で生きていたいな”って気持ちの方が強くあります」
――― 演劇についてはブレずに粘っていたい。そうノゾエははっきりと宣言した。普段からどちらかと言うと控えめな語り口のノゾエにしては珍しく、強い意志のこもった言葉だった。
この公演が、次の一歩に大きな意味を持っている
「客演のおふたりにも、劇団とか客演とか関係なく混ざってほしいなと思っています。チラシのビジュアル通りですね。一緒になってゴチャゴチャになってほしい。チラシを見ても進んでいるのか脇見しているのかよくわからないですよね。で、裏を見るとグチャッとなっている。これは、惑っている人たちのイメージなんです」
――― 思えば、前作『ゴードンとドーソン 〜妻と夫と虎の夢〜』然り、前々作『飛ぶひと』然り、ノゾエは上手くいかない状況の中で“惑う”人たちを描いてきた。
「やっぱり“惑う”っていうテーマが好きなんですよね。どこかに突き進もうとしているから、惑うのであって。僕も常にとどまっていたくないっていう気持ちはあります。とは言っても、結局小さいところでしか戦っていないんですけど」
――― それは『其処馬鹿と泣く』というタイトルにも通じるものがある。
「タイトルはいつも音と感じで決めています。“そこはかとなく”という言葉も曖昧というか、どことなくはっきりしない感じがあるじゃないですか。それが“其処馬鹿と泣く”ってなることで、もがいているような、戦っているようなイメージに変わる。どこかわかんないんだけど、“そこ!”“バカ!”“うわあん!”ってなるような(笑)。それが面白いなって」
――― 初めてづくしの本作だが、だからこそ「大事なものは見失いたくない」とノゾエは穏やかに気を引き締める。
「どうしても初めてのことってキャッチーだから目が行ってしまうんですけど、そうするとついついその裏側にあるものが見えなくなってしまう。今回は特にそうやって見えなくなるものをちゃんと見てみたいなって思っています。それは劇団で言うなら、仲間のありがたさとか、彼らから引き出すものとか、そういうもの。ちょっとクサいですけど(笑)」
――― 年末には、故・蜷川幸雄氏から引き継いだ『1万人のゴールド・シアター2016』の演出が控える。年々注目度が増し、活躍のフィールドが広がるノゾエにとって、今回の劇団本公演はまた特別な意味を持つ。
「実は来年の劇団の活動はまだ何も決めていないんです。辞めるとかそういうことではないですけど、みんなの年齢とかもあるし、今回は劇団のやり方とかいろんなものをもう一回見直す公演になるかなっていう気がしています。この公演でどれだけのものを残せるかが、次の一歩へものすごく大きな意味を持つことになると思う。だから、どの公演ももちろんそうなんですけど、特に大事な公演だと思っています」
――― そう言い切ったノゾエは、言葉とは裏腹に清々しい表情だった。そこに迷いや惑いは見えない。本人も「楽しみ感が強い」と待ち望む劇団本公演。きっとこの時この瞬間にしか見ることのできないはえぎわが、イマジンスタジオという小空間に立ち現れることになりそうだ。
(取材・文&撮影:横川良明)




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