この夏、東京・大阪の2都市公演を大成功におさめた企画演劇集団ボクラ団義が、1年ぶりの本公演に挑む。タイトルは『今だけが 戻らない』。“取り戻したのは、二度と戻らない筈の「過去」だった。そこで見たのは、やたらと遠い「今」だった。”という印象的な惹句以外、その詳細はまだ一切不明。謎に包まれた新作の断片を、脚本・演出の久保田唱、そして俳優の沖野晃司、大神拓哉、竹石悟朗に聞いた。
タイムスリップしてきた男が主人公。意外な設定で描く新感覚ミステリー。
――― 謎だらけの新作ですが、今回はいったいどんなお話になるのでしょう?
久保田「ボクラ団義の新作は、毎回、“今までにないもの”をつくっていこうということを大事にしていて。今回ももちろんそのつもりです。舞台になるのは、過去の未解決事件を専門に扱う警視庁捜査一課特命対策捜査室。実は、この特命対策捜査室はVol.7『嘘つきたちの唄』という公演で登場したことがあるんです。今回は設定はそのままに、まったく新しいお話になっていて。『嘘つきたちの唄』にも登場した竹石くん演じる瀬戸沼という刑事のもとに、あるひとりの男が訪ねてくるところから物語が動き出します」
――― なるほど。では、今回挑戦する“今までにないもの”とは、どんなものなんですか?
久保田「ポイントは、瀬戸沼のもとにやってきた男です。実はその男は自分が関わった未解決事件の真犯人を知るために、ある人物に持ちかけられて過去へタイムスリップしてきた、という設定なんです。この男を演じるのが沖野くん。彼は“僕はタイムスリップをしてきてすべてを見てきました。事件の真相を知りたくないですか?”と瀬戸沼に接触するんですけど」
竹石「その時点でもう逮捕したいですね(笑)」
沖野「やめろよ(笑)」
久保田「まあこのふたりは置いておいて(笑)。普通、タイムスリップものと言えば、タイムスリップに巻き込まれた主人公が異なる時代の文化や人々にパニックになりながらも、少しずつ謎の核心に近づいていくというのが定番ですよね。でも今回はもうすでにタイムスリップを体験してきていて、主人公はすべてをわかっている。ここがかなり“今までにないところ”だと思います」
――― 確かに新鮮ですね。
久保田「さらにそこに大神くん演じるいかにも怪しい指名手配犯の男や、沖野くんにタイムスリップを持ちかけた人物の正体や目的など、いろんな謎が絡んできて、物語がどんどん進んでいくかたちになります」
緻密な伏線と巧妙な台詞。劇作家・久保田唱の本領発揮の一作に。
――― 話を聞くとかなりミステリー性の高い作品になりそうですね。沖野さんは物語の概要を聞いてどうお感じになりましたか?
沖野「久保田さんのミステリーものはお客様の間でも定評がありますし、単純に楽しみの一言ですね。最初の方に立てられた様々なフラグが終盤に向けて全部回収されていくのは、演じる側もすごく気持ちいい。またあの爽快感が味わえるのかと思うと、早く稽古に入りたいです」
――― 竹石さんは、以前演じた役どころと同じということですが。
竹石「瀬戸沼は、とにかくずっと怒ってて、ひたすら大声を出す役なんですよ。真面目すぎて、その真面目さが逆にお客様から見れば滑稽に映るというか。初演が2010年で、再演が2013年。ほぼ4年近く経って、僕も役者として経験を積んだし、幅も広がった。その分、あの頃よりもっと板の上で自由に瀬戸沼という役を演じられるんじゃいかなという気がしています」
――― そして大神さんは指名手配犯という役どころです。
大神「最近多いんですよね、こういう怪しい役が」
竹石「リアルでも怪しいからじゃない?」
大神「おい!」
久保田「大神の役は、現代ではいかにも怪しげな影のあるキャラクターなんですけど、タイムスリップした過去のときは全然違う感じなんです」
大神「柄系の服を着るような、ノリノリの明るい感じで」
久保田「そのあたりの演じ分けも見どころになるんじゃないかと思います」
新作は未知。だからこそ、稽古場には創作の楽しさが溢れている。
――― 今回は新作ということですが、やっぱり新作だと稽古場の雰囲気もまた違いますか?
大神「新作の場合、やっぱり全員未知のところが多いですよね。久保田があんまり情報をくれないんですよ。でもその分、この後どうなっていくんだろうって楽しめるのも新作ならでは」
竹石「創作している感はめちゃくちゃあるよね」
大神「抱えている想いとかキャラクターの構造なんかは細かく久保田の方から提示してくれるので。その情報と台詞を材料に役を深めていくっていう作業になります」
沖野「他の演出家さんと久保田くんの違いで言えば、久保田くんは自分の中に絵が全部できているんですよね。だから、俺たちが稽古場でちょっとチャレンジをしたら、何にも言わずに通るときもあれば、止められるときはすぐ止められる(笑)」
竹石「2秒で止められることもあるから(笑)」
大神「悟朗が『嘘つきたちの唄』のときに刑事役だからって、いきなり石原裕次郎さんみたいにブラインド越しに外を覗くジェスチャーをして。あれは、俺から見てもないんじゃないかと思いました(笑)。確か速攻で潰されたよね」
竹石「速攻だった(笑)。ただ、役者としては、敢えて不正解を出しに行っているときもあるんですよ。そうすることで、稽古場の雰囲気が変わってくることもあるし」
沖野「特に稽古序盤はまだ手探りの時期。だから敢えてお互いの呼吸を合わさず、自分のやりたいプランを提示してみることもあります。そうやって少しずつひとつの方向性にまとまっていくのが面白かったりするんです」
久保田「僕が新作を演出する上で注意しているのは、後でこうすれば良かったと思うことをなくすこと。だから自分で書いた台本でも何回も読み返すし、稽古に入ってからも気づいたところはどんどん変えていきます。
もちろん作家としてのプライドもあるから、他の人が入れてきたアイデアに対して、これは僕の描く世界だからって突っぱねたくなる気持ちもあるのは確か。でも、最終的に考えるべきなのは、お客様のことだし、どうすればいい作品になるかなんですよね。だから、自分の書いたものを信頼しすぎず、作品としていいものになる選択肢があるなら、そっちを躊躇なく選んでいきたいと思ってやっています」
10周年に向けて。今持てるすべてを、この作品にぶつける。
――― あとボクラ団義ならではの見どころと言えば何があるでしょう?
竹石「音響・照明のこだわりですね。ボクラ団義はとにかくきっかけ数が多いんです」
久保田「一般的にストレートプレイだと2時間できっかけ数が100を超えると多いと言われてるんですけど、僕の脚本の場合、まず200は切らない。今までの最多記録は、『十七人の侍』で、照明のきっかけ数が530。照明さんも“ここまで来たら600いきたい!”って、無駄でもいいからキューをつくろうとしてました(笑)」
大神「どういうアドレナリンだよ!(笑)」
久保田「そこで新たに付け加えられたのが、カーテンコール。役者が礼をするのに合わせて、明かりのついていないムービングライトもお辞儀をするんです(笑)」
大神「それ、俺、客席で見てたよ。みんなが礼すると、端と端でライトがキュイッてお辞儀するの。あれは楽しかった(笑)」
久保田「照明さんもVol.2から一緒にやっている方なんで、ボクラ団義のことをよくわかってくださっているんですよね。今回もいろんな場面でこだわりが散りばめられていると思うので、細かいところまでどうぞお見逃しなく!」
――― では、最後に読者のみなさんに向けてお誘いのメッセージをいただければ。
沖野「ボクラ団義も来年でついに10周年。この10年、作家も演出家もまったく変わらなかったのはボクラ団義の特色のひとつだと思います。旧知の仲ではあるけれど、決して馴れ合いにならず、ストイックに作品づくりができるのが僕らの強み。絶対に後悔させない作品をつくるので、楽しみに待っていてください」
大神「それぞれ劇団以外の場所でいろんな活動をしていますが、劇団本公演はやっぱり特別なもの。僕にとっては自分の実力を存分に発揮できる唯一の場です。最高に楽しんでいいものをつくるので、お客様にも最高に楽しんでもらえたら」
竹石「チケットも先行でたくさんの予約が入るようになったり、昔では考えられないようなありがたい状況にいさせてもらっていると思っています。でも僕らはおそらく誰一人として自分たちの芝居が上手だとか、人気があるだとかそういう認識はしていません。全員もっと芝居を磨いていきたいし、もっと良い作品をつくりたいとあがいていると思います。久保田さんももっといい作品をつくりたいから、こうして新作を書き続けているんだと思います。新作にこめた、さらなる飛躍への想いをぜひ劇場で受け取ってください」
久保田「実は本公演は今年はこれだけ。1年ぶりだし、僕自身、すごく気合いが入っています。時代劇からサスペンス、コメディまで幅広い作品をつくっていますが、どんなジャンルの作品でも最初の数分を観れば“これはボクラ団義だ”って思えるカラーがあるのがボクラ団義の特徴です。今回も絶対に“これぞボクラ団義”と言えるものになるはず。その上で、さらにみなさんの想像の上をいく作品をお届けできるよう頑張ります!」
(取材・文&撮影:横川良明)