再演ではなく、再挑戦。そう掲げて、再び動き出したミュージカル『手紙』。今回登場するのは、2017年版より新たに武島直貴役で主演を飾る太田基裕、そしてこの『手紙』の発起人のひとりであり、作曲・音楽監督・作詞を務める深沢桂子だ。「きちんと話をするのはこの場が初めて」というふたりが、新しい『手紙』への意気込みを語った。
『手紙』には人間の温かさや生きる力がつまっている。
――― 太田が初めて、『手紙』にふれたのは、学生の頃、映画版がきっかけ。「普段は映画を観た後に原作を読むことはほとんどない」という太田だが、その後、原作の小説も読みふけるほど胸を打たれたそうだ。いったい『手紙』の何が太田の心をそこまで強く引き寄せたのだろうか。
太田「説明するのはすごく難しいんですけど、登場人物それぞれに感情移入できたんですよね。出てくる人みんなが善悪とかそういうところじゃない人間らしさを持っていて、社会のしがらみの中でそれでも生きていく力があった。複雑なテーマのようですが、実は本当はすごくシンプルなお話なんじゃないかなって。学生時代に出会った中でも、特に印象に残る作品のひとつでした」
――― 思い入れのある作品だけに主演のプレッシャーも大きい。
太田「実は、2016年版の上演は敢えて観ないでおこうかと思っているんです。観てしまうと、どうしても意識してしまう部分が出てくる気がするので。僕は僕なりのオリジナリティとアイデンティティで武島直貴という役に臨めればと考えています」
――― そう控えめに、しかし力強く決意表明をする太田。その横で、深沢も安心した様子で深く頷いた。
深沢「先日、太田さんが出演していた『ジャージー・ボーイズ』を拝見したんです。実はそれまで彼が演技しているところをちゃんと観たことがなくて。でも、舞台に立っている姿を観て安心しました。この人なら大丈夫だって。安心して任せられるなって直感的に感じたんです」
『手紙』だからこそ伝えられる、音楽の力。
――― この『手紙』は、深沢と脚本・作詞の高橋知伽江が「国産のオリジナルミュージカルをつくりたい」という大願のもと、長年構想を温め続けていた作品だ。
太田「最初、『手紙』をミュージカルにするって聞いたときは正直ビックリして。すごい愚問になってしまうかもしれないんですけど、どうしてミュージカルにしようと思われたのか聞いてもいいですか」
深沢「私はむしろミュージカルしかないなと思ったんです。と言うのも、この『手紙』は音楽が人に救いをもたらす話だから。もちろん犯罪を犯した人を擁護するつもりじゃないのよ。殺人は決して許されるわけじゃない。ただ、深いどん底にいた直貴の心を支えたのは音楽だった。音楽には、人を立ち直らせる力があるんです。音楽というものを大きなベースに考えていたから、ミュージカルという流れはごくごく自然なことでした」
――― 2016年版の『手紙』で深沢の手がけた楽曲は高い評価を受け、第24回読売演劇大賞上半期スタッフ賞に作曲でノミネートされた。しかし、2017年版の上演では、演出も楽曲も大きくつくり変えるという。再びゼロからのクリエイションに、高橋、深沢、そして演出の藤田俊太郎の3人は「だったらもうこの上演はあり得ない!」と激昂が飛ぶほど意見を戦わせた。
深沢「もっと作品を良くするために意見が重なるところもあれば、反発するところもあって。その戦いは本当にすごかったですね(笑)。それができるのもお互い信頼し合えているからこそ。今回は、具体的に言うとラストについては大きく変わります。それと、前回と違って、2017年版では直貴が参加する『スペシウム』というバンドには、本当に楽器を持たせて演奏しようかな、と。バンドの曲も前回はサンバ調だったんですけど、今回は感覚ピエロとかamazarashiとかそういったバンドの曲を聴きつつ、『手紙』なりの新しい音楽にするつもりです」
太田「感覚ピエロ知ってます! まさかそのあたりのバンドの名前が出てくると思ってなかったのでビックリしましたし、実際に曲を聴くのがまたひとつ楽しみになりました!」
信頼できる相手だからこそ、全力でぶつかり合える。
――― 演出の藤田とは、太田は『ジャージー・ボーイズ』で現場を共にした。演劇界が注目する若き俊英を、ふたりはどのように見つめているのだろうか。
太田「僕は大好きですね。何て言うんだろう。すごく繊細で人間らしいというか、演出家っていう空気を前面に出すタイプの方ではなくて、すごくやりやすかったです。『ジャージー・ボーイズ』のときも、藤田さんのために頑張ろうという気持ちが常にありました」
深沢「本当に頑固で面倒臭いんですけど(笑)、才能と感性は本物。自分でも“演出家以外に生きる道はない”と言っているような人だし、実際その通りだと思う。彼にとっては、生きることすべてが舞台。きっと他の世界では生きていけない。おかげで周りにいる人間はさんざん振り回されるし頭に来ることはいっぱいあるんですけど(笑)、そんなことどうでもいいと思わせる才能を持った人ですね」
――― 兄役は、前回同様、吉原光夫が続投する。
太田「『ジャージー・ボーイズ』でご一緒したとき、光夫さんから“ミュージカルでずっとやってきた人と無理に並ぼうとするな。今まで役者として培ってきた太田の良さがあるんだから、それをぶつけた方がいいよ”ってアドバイスをもらったことがあるんです。その言葉のおかげで、すごくスッキリしたというか。いろいろ悩んでいたけれど、変に背伸びしなくていいんだって、僕は僕でいいんだって思えるきっかけになりました」
深沢「彼も藤田くん同様、面倒臭い人です(笑)。稽古場でも納得がいかないことはバンバン言ってきますからね。お互い頑固だし主張もするしブレないから、意見が対立すれば喧嘩もするけど、そこに信頼があるから大丈夫。そう言い切れるくらい、しっかりした考えと力を持った素晴らしい役者さんだと思います、大好きです」
今までの人生で積み重ねてきたものをこの作品に注ぎこみたい。
――― もともと大の音楽好きだけあって、まっすぐな歌声には定評のある太田。その力量が評価され、近年は本格的なミュージカル作品での活躍も目立つが、主演ともなればまた想いは格別だ。
太田「僕自身、ずっとミュージカルを続けてきた人間ではないので、きっといろんな壁にぶち当たるんだろうなと覚悟はしています。だけど、29年間生きてきた中で積み重ねてきた感覚や感性は僕の中に確かにある。自分が身につけてきたものをフックに壁を乗り越えて、しっかり舞台の上で生きることができればと思っています」
深沢「いわゆるクラシックの大学を出て、ミュージカルの世界で一筋に生きてこられた方ももちろん素晴らしいですが、そうではない人たちの魅力というのもまた素敵ですよね。この間、『Shoes On!』を観に行ったんですけど、(川平)慈英もヒラ(平澤智)も輝いていて。彼らも音大出ではなく、この世界でゼロからのし上がってきた人たち。
だからミュージカル畑かどうかなんて私は関係ないと思います。大事なのは、ここから何を生み出せるか。きっと太田さんなら大丈夫だと思うし、太田さんがこの『手紙』でどんなものを見せてくれるのか、とても楽しみにしています」
――― 新聞をイメージしたフライヤーには、「これはあなたの人生かもしれない」という印象的な惹句が躍る。これまでのインタビューでも、ある日人生が突然暗転することは誰にでも起こり得ることと、それぞれが話してきたのが印象的だった。
深沢「いつ自分が直貴や剛志の立場に立たされて、世間から冷たい視線を浴びるかは誰にもわかりません。前回、そうした世間の目をコロスによって表現しましたが、ここも2017年版では新たな演出意図が加わる予定です。どんなふうに変わるかは、ぜひ劇場で確認していただけたら。
ミュージカル『手紙』はいわゆるエンターテイメントでもなければファンタジーでもない。決して観終わった後に幸せな気持ちになったり、何か希望を持って帰ってもらうような類のものではないと思います。でも、必ず何かは感じてもらえるはず。私はこういうミュージカルもあっていいと思うし、自分たちでオリジナルのミュージカルをつくるなら、こういうものをつくり続けていきたいと、2016年の『手紙』を終えて改めて決意しました」
太田「直貴や剛志のような環境に立たされたことがあるわけではないですが、僕自身も今までただただ生きていたわけじゃない。たくさんのことがあったし、そのたびにいろんな想いを感じてきました。そういう自分が日常の中で感じてきたものを咀嚼して、直貴という役に投影できれば、きっと自分なりの直貴ができるんじゃないかと思う。そのためにも日々感覚を研ぎ澄ませて、この『手紙』という作品に一心に向き合っていきたいと思います」
(取材・文&撮影:横川良明)