神社の境内や公園などにテントを張って芝居を行う独特のスタイルでファンを惹きつけている劇団唐組。4月の大阪公演を皮切りに上演される『ビンローの封印』は、萩の漁船が台湾沖で海賊に襲われたニュースを元に唐十郎が戯曲を書き、92年に台湾で初演された意欲作。当時の日本での公演はほとんど客が入らなかったという「幻の作品」が、四半世紀の時を経て再び蘇る!
熱狂と混沌の台湾初演、散々だった日本初演
――― 2012年に脳挫傷で倒れて以来リハビリ生活が続いている唐十郎に代わり、劇団を引っ張る久保井研は、『ビンローの封印』初演時のことを次のように振り返る。
「僕が入って4年目くらいですかね。当時、台湾と日本の間にちょっとした緊張関係がある中で唐十郎がこのホンを書いたんですけど、台湾が舞台になっている話なので、台湾に行ってやってこないと駄目だろうと(笑)。作品に登場する土地をどのくらい体験してきたかによって、説得力やリアリティが出てくるだろうという唐十郎の方針があって、まず台北で上演して、それから日本でやろうという計画を立てたんです」
――― 上演スタイルは台北でも変わらず、市街地にある林森公園に舞台を設営。完全なテントではなく「1枚の紅白幕みたいなもので外側だけちょっと囲んだ状態」だったそうだ。
「映画監督のエドワード・ヤンの事務所を林海象さんに紹介していただいて、そこで舞台装置に使えそうなものをいろいろお借りして10日間くらい稽古した後、本番を2日間やりました。公園なら場所を借りやすいだろうということで林森公園にしたんですけど、中国の歴史上の英雄である岳飛の銅像の前にテントを建てちゃったものだから、地元の人から爆竹を投げ込まれたりして大変でした。
でもなんとか話をつけてもらえて、無事に公演できました。観光ビザで行ったから入場料は取れないという建前だったんですけど、少し離れた場所でパンフレットを売って、それを持っている人だけが中に入れるというトリッキーなやり方で(笑)、300人くらい集まったのかな。でもテントは隙間だらけだし、セットも裏側からは丸見えだったので、タダで観ている人がズラーッと(笑)。全部で何人くらいの人が観ていたかはちょっとわからないです」
――― そのように大盛況だった台湾公演とは打って変わって、日本での動員は「歴代で一番お客さんが入らなかったんじゃないか」というほどの惨憺たる結果に。
「1988年に状況劇場を解散して唐組を立ち上げて、最初の頃は麿赤兒さんをはじめとする先輩方や大物俳優さんたちの力を借りながらやっていました。でも、そろそろ劇団員だけで芝居を仕立て上げようぜっていうことで、『ビンローの封印』は僕と同じくらいの入団3〜4年目くらいの連中が中心になってやったんです。でも蓋を開けてみたらお客さんが入らなくて、1日に30何人っていうときもありました。作品そのものは唐さんらしい、とてもダイナミックな話なんですけどね」
唐組の新陳代謝・活性化を求めて
――― 劇団が新たな世代に引き継がれる過渡期に初演された『ビンローの封印』。そして現在の唐組も、新陳代謝の時期を迎えているという。
「今また『ビンローの封印』を取り上げる理由の1つがそれで、新たな役者の出現を期待するという意味合いがあります。もちろん、また尖閣の問題がきな臭くなっているというのも頭の中にはありましたが、どちらかというと劇団の活性化が一番の狙いです」
――― アマダイ漁で台湾沖に繰り出した漁船が、正体不明の海賊に襲われる。そして1年後、漁船で無線技士を務めていた男は船を降り、東京の街をさまよい歩いていた。そんなある日、偽ブランドの地下マーケットで、彼は自身を襲った海賊と再会するが、なんとその海賊は女だった……。
「作品としては、若手たちにはかなり荷が重いかもしれません。いかがわしいものや禍々しいものが混在していて、ストレートに「表現」をするだけでは追っつかないんです。偽ブランド品、つまり紛いものを扱っている人間の胡散臭さを、まず役者自身にキャッチしてもらう必要がある。稽古が始まったばかりの段階ではまだ探り探りですが、うまく成立してけば面白くなることは間違いないですね」
――― 今の唐組を背負う役者陣に加え、劇団唐ゼミ☆のメンバーや、唐組初出演となる全原徳和といったキャストが、幻の作品に新たな息を吹き込む。
「全原くんには去年トラックの運転とかを頼んだりしていて、次やってみない?と声をかけました。対立する偽ブランドグループの中で大暴れしてもらおうと思っています」
小屋掛け芝居の面白さをさらに目指していく
――― 今回、ポスターの原画をクマさんこと篠原勝之が手がけているのも大きな話題の1つ。70年代に状況劇場のポスターや舞台美術を担当していた篠原が唐十郎作品のために描き下ろすのは実に38年ぶり。
「クマさんは、僕ら若手が中心になってからも唐組をすごく応援してくれていて、ポスターをお願いしたいなとずっと思っていました。近年は割と文学的な作品が続いていたんですけど、今回は冒険ロマン的な部分が根っこにある作品なので、クマさんの絵が合うと思ってお願いしてみたら、最近木版画をやってるんだとおっしゃるので、だったらそれでお願いしますと。主人公である女海賊と、それを取り巻く海がテーマで、海の波が通信ケーブルになっている絵なんです」
――― そんな『ビンローの封印』を通じて、「テント芝居らしい面白さに向かっていきたい」と久保井は言う。
「唐さんが倒れて以降は、唐さんの戯曲の中でも割とウェルメイドなものを選んで上演してきましたが、それは1つの季節だったかなと。これからは、さっきも話したように唐組の新たな展開を迎えたいというか、テント芝居らしい面白さ、ダイナミックなものと胡散臭いもの、怪しいもの、そういう方向に向かっていきたいという気持ちがあります。
一時期は客席の大半を常連さんが占めていたんですけど、最近は徐々に若いお客さんが増えているのを実感するんです。大学生とか、芝居を始めたばかりの人とか、学生時代にテント芝居を観ていた人が親の世代になって、子供と一緒に観に来るということも多くなりましたね。中村勘三郎さんなんかも、亡くなられる前に何度も来てくださって、「もともと歌舞伎ってこういうものだったと思う」みたいな話をされて、それが平成中村座の発想につながったそうです。今の六代目勘九郎さんがまだ中学生くらいのときに連れてきて、一緒に面白がってご覧になっていましたね。そういう感じで、演劇とか芸術という括りではなく、小屋掛け芝居の面白さみたいなものをさらに目指していきたいなと、これから先思っているところです」
(取材・文&撮影:西本 勲)