劇作家・演出家・女優の山田由梨が2012年に旗揚げし、一軒家やアパートを利用した演劇「家プロジェクト(uchi-project)」で注目された贅沢貧乏が、新作『フィクション・シティー』を東京芸術劇場で上演する。劇団にとっての新境地を示すという本作には、団員を含め、それぞれ出自の異なる俳優たちが集まり、実に個性的なキャスティングが実現。東京芸術劇場が次世代の若い才能を紹介する「芸劇eyesシリーズ」の単独公演に史上最年少で選出されたことでも話題となっている。劇場で創作物語(フィクション)を立ち上げる意味を真摯に問うこの作品について、山田と主要キャスト陣に聞いた。
劇場じゃないとできないこともある
――― 普通の一軒家やアパートなどを長期間借りて、そこで稽古から上演までを行う「家プロジェクト」を経て、昨年12月の『テンテン』で劇場に戻りましたが、まずその変化について話していただけますか?
山田「自分たちが稽古して上演するための場所がしっかりあることの強さを「家プロジェクト」では感じました。江東区の下町に家を借りていたのですが、それまで知り合うことのなかった人たちと関係を築く中で、自分にとって新しいエッセンスをたくさん取り込むことができました。そんなふうに現実と地続きの場所で作品を作ってきたことで語彙が増えたし、演出に対してすごく柔軟になった部分もある一方で、もっとスケールの大きい話を書きたいという気持ちも芽生えてきて。それに、野田秀樹さんの作品を観たりすると、やっぱり劇場じゃなきゃできないこともあるなと思って、そろそろ劇場でやるのもいいかなと。もともとすごく飽き性なところもあって(笑)」
――― そんな贅沢貧乏の舞台に、「家プロジェクト」の作品を含め何本も出演されているのが田島ゆみかさん。
田島「たまたま友達に誘ってもらって、由梨ちゃんのワークショップに参加したんです。そのときから何か一緒にやろうよってずっと言ってくれていて、約1年後に『ヘイセイ・アパートメント』 (2015年)に出演したのが最初でした。お客さんが15人くらいしか入らない一軒家で、最初はどうなるのか全く想像もつかなかったんですけど、やってみたらものすごく楽しかったんです。お客さんとの距離が本当に近いので、1つも嘘がつけないというか、晒し者みたいな感じで(笑)、これが終わったらもう怖いものはないよねって由梨ちゃんと言い合ったのを覚えています。それから何かあるたびに声をかけてくれて、そのうち劇団員になろうよ、と言ってくれて。今年6月に晴れて劇団員になりました」
――― そして野口卓磨さんは昨年、贅沢貧乏と組んでワークショップを行っています。
野口「仕事でお世話になっている方の中に、僕が芝居を始める前からたくさん演劇を観ている方がいるんですけど、贅沢貧乏っていうヤバい集団がいるからとにかく観るようにって勧められたんです。野口くんに合ってると思う、とまで言われて、それは話半分で聞きつつも、今どういう人たちがいるのかというのはキャッチしておきたいと思って、まず贅沢貧乏のワークショップに参加しました。そうしたらものすごく楽しくて(笑)。終わった後にメンバーと飲んだときも、演劇の話ばかり延々としていて……経験とか年齢の差を感じないというか、とても狂っていて(笑)信頼できる人たちだなと思いました」
山田「その頃は「家プロジェクト」から劇場に戻ることを考えていた時期だったので、NODA・MAPなどに出演されて身体表現に長けている野口さんから私もいろいろ学びたいと思い、今度は野口さんにワークショップの講師をやってもらえませんかとお願いしました。そういう中で、お互いに共有するものが大きかったと思います」
野口「贅沢貧乏で初めて観た作品は、アパートで上演していた『ハワイユー』(2016年)で、その場所にしっかり足をつけて、流れている時間にちゃんと着目しているなと感じました。それはつまり、彼女自身が、演劇って何なんだろうってずっと問い続けている人だということ。野田秀樹さんを見てもそう思います。まるで子供のような探究心です。それは演劇を作るときにすごく大事なんじゃないかと僕は思っているので、彼女と一緒に何か作ってみたいという気持ちになりました」
初のオーディションで集まった俳優たち
――― 今回の『フィクション・シティー』ではキャストのオーディションを行ったそうですね。
山田「これまでもワークショップオーディションという形ではやっていましたが、今回は初めてこの作品のためのオーディションを大々的に行いました。思っていた以上にたくさんの応募が集まり、書類選考が『みんなよるがこわい』の再演(今年2月)と重なっていたので本当に大変でした。誰がこんなスケジュールにしたんだって自分たちを責めながら(笑)」
――― そのオーディションで出演が決まった猪俣三四郎さん、和田瑠子さん、森準人さんは、それぞれどのような思いで参加したのですか?
猪俣「ずっと前から「家プロジェクト」の話は聞いていたし、山田さんがどうしてそれを始めたのかという記事も読んで、関心はあったんです。でもチケットが取れなくて、観たことはなかったのですが、今回のオーディションの情報をキャッチして、どんな人なんだろうと思って参加しました」
和田「私もホームページとかを見て、気になっていた劇団でした。特に、「家プロジェクト」で週休3日制を打ち出していたのは(「生活するように演劇をする」という目標を掲げ、上演スケジュールに週休3日制を取り入れてロングラン公演を行っていた)、そういうことをちゃんと言葉にして提示してくれてる人がいるんだなと思っていて、ぜひお会いしたい、作っていく過程に触れたいと思ってオーディションを受けた次第です」
森「僕は『ハワイユー』と『みんなよるがこわい』を観ていました。今、和田さんも話したように、役者への待遇のことまで考えているのがすごく面白くて、羨ましいなと。劇場以外の場所で、24時間ずっと演劇のことを考えられる環境を作り出している若者がいるなんて面白いなと思って観に行ったんですけど、単純に作品が面白かっただけじゃなく、この人たちの作品作りに僕が関わったらどうなるんだろうと思ったんです。そんなところにオーディションの情報が入ってきて、これは受けてみようと思いました」
山田「ありがとうございます。こんな豪華なオーディションがあるのでしょうか、という感じですね(笑)」
“こういう系統”では括れないキャスティング
――― このインタビューをしている今は稽古が始まったばかりの段階ですが、感触はいかがですか?
猪俣「山田さんが良い意味で本当にヤバい人で(笑)。作家の部分に関しては、テキストがものすごく魅力的で、いろいろな意味に解釈できる言葉がたくさんあります。そして演出家の部分に関しては、やりたいことがめちゃくちゃいっぱいある人なんだなと。稽古場では次から次へとやりたいことが出てきて、言いたいことがあって、ワーッてなっています(笑)。そんなふうに無尽蔵に出てくるのはやはり才能だと思いますね。今日は、山田さんがこんなに理路整然と喋っているのを見てちょっとびっくりしています(笑)」
野口「僕は、今回キャストに選ばれた人たちから毎日とても刺激をもらっています。もちろん脚本も演出もヤバいんだけど、この人たちを選んだのは本当にすごいなと。去年ワークショップをやらせてもらってから、僕もちょっと責任を背負うみたいな気持ちもあったんですけど、全くその必要はないっていうか。それぞれ全然違う演劇を作ってきた人たちが、それぞれの潔さで身体を模索しているのを見て、“この人たちカッケー!”と思いながら、自分は本当に素人みたいな感覚で稽古に行ってます。こんなに学ばせてもらっていいんだ、あざーす!みたいな(笑)。ここまで系統の異なるキャストが集結することは、なかなかないと思います」
山田「いつもキャスティングに関してはすごく自信があるんです。今回のキャスティングも、“こういう系統の人たち”みたいには絶対に括れない、私たちらしいキャスティングだと思っています」
森「僕はオーディションのときから、山田さんが他の人を見ている様子とかを見ていて、特に根拠はないんですけど、この人とは相性が合うなと思っていました。そして稽古が始まった今、やっぱりこの人信用できるなって感じることが多いです。作家も演出家も、作品を作るときに、目指すところへ行くためのチェックポイントをいくつも置いておくものだと思うのですが、山田さんの場合、稽古場で起きたことに合わせて、そのポイントをどんどん変えていく。面白いものを作るために、無駄なこだわりを持たないんです」
和田「私は、オーディションで初めて会ったときから刺激を受けています。オーディションの時点でもう演出をつけていて、それも選ぶ選ばれるの関係じゃなくフラットに来るから、じゃあ私も!という感じで臨めました。今の稽古もその延長線上にあります。さっき森さんが言ったように無駄なこだわりがないというところと、でも変なこだわりはあって、それに対してみんなも疑問を感じることなくついていく牽引力がある。信頼して、そこに向かいたいっていう気持ちになれているのは、幸せなことだなと思います」
田島「私は十代からずっとお芝居をやっているんですけど、ずっと自分に自信が持てなくて、演技に対しても凝り固まってしまってすごく悩んでいる時期に由梨ちゃんと出会ったんです。そのとき由梨ちゃんが、ワークショップで私の芝居を見て、初めて会った日なのに“そういう気持ちすごくわかるよ”っていうようなことを言ってくれて。だからお芝居に関しては、そのときからずっと絶対的な信頼があるんです。そういう人なので、今回参加する皆さんからも絶対信頼してもらえる人だなって、稽古場にいてもちょっと鼻が高くて(笑)。今度の『フィクション・シティー』については、演劇や社会への不信感みたいなものを作品にしたいって聞いて、きっと面白いものになると思ったし、それは信頼している人としか作れないと思うので、すごく楽しみです」
わからないものを、わからないまま見る面白さ
――― そんなふうに作っている『フィクション・シティー』、どんな作品ですか?
山田「私はあらすじを簡単に説明できるお話が嫌いなので、“面白いです”としか言えないんですが(笑)、今年に入って、演劇がすごく嫌になってしまった時期があったんです。何もないところにわざわざ物語を作り出して、登場人物を置いて……みたいなことが、何やってるんだろう?と思ったり、それを見て泣いたり笑ったり感動したりしていることに違和感を覚えて。そんなことを思っているとき、例えば裏表のない勧善懲悪みたいに単純な物語って、観る人の思考も単純にしてしまっているのではないかと思って……」
――― なかなかヘヴィな状態ですね。
山田「人は、わからないものをわかるものに当てはめようとしたり、自分なりの物語をつけたりしようとする。なぜなら、わからないものをわからないまま見るのは怖いから。でも、そういうことが人を単純にして思考停止させてるって思ったときに、それを壊そうとしたのがポストモダン主義だったんだというところに行き着いて。偉い先人たちの本を読みながら“考えてること一緒!”みたいに思ったりして(笑)。それで、この違和感を作品にすればいいんだと思って作っているのが『フィクション・シティー』です。私たちが生きている現代の社会は、法律とかも含めて全て創作物だと思うので、それと物語を作ることを重ね合わせながら書いています」
――― わからないものをそのまま飲み込めるかどうかは、受け手が作品と接する上で大切なことの1つですね。
山田「わからないからすぐ拒否する人が多いことも理解しながら、私は今まで割とわかりやすい落としどころを作ってきたつもりです。今回もそのバランスは考えながら、わからないものをわからないまま見る面白さへどこまで導いていけるかを考えています。きっと今までで一番、そのラインを恐れずに挑戦する作品になると思います」
(取材・文&撮影:西本 勲)