俳優・劇作家の大西弘記が自作を上演するため2006年に立ち上げ、これまで20本以上のプロデュース公演を行っているTOKYOハンバーグ。合同公演も含めると今年4本目となる『しゃぼん玉の欠片を眺めて』は、2013年作『しゃぼん玉の欠片を集めて』のリメイク再演で、主人公である一人暮らしの老人役を三田村周三が演じる。
さらに、ベテラン作演出家で俳優としても活躍する丸尾聡も出演するなど、演劇ファンは見逃せないキャスティングが実現した今回の舞台について、大西・三田村・丸尾と、TOKYOハンバーグの若手メンバーから永田涼香・山本由奈を交えた5人が話してくれた。
若い世代が自分のことをどう思うかに興味がある
――― 2013年の『しゃぼん玉の欠片を集めて』は、夫を亡くし一人暮らしをしているお年寄りの女性とハウスクリーニング会社の従業員たちの物語でした。今回それを再演する狙いは?
大西「4年前に初演して以来、またやりたいと常に思っていた作品でしたが、主人公を演じてくださった青年座の久松夕子さんがかなりのご高齢でなかなか難しくて。でも僕は久松さん以外考えていなかったので、だったら主人公を男性にしたらどうだろうというのが発想の始まりです。作品自体も当時の自分と向き合うようにして書いたもので、また同じことをしても面白くないですから、かなり改稿します。キャストも全員変わりますので、形としては再演ですが、新しい気分で取り組んでいます」
――― 新しい主人公役を三田村周三さんにお願いしたのは?
大西「三田村さんのお芝居は以前から拝見していましたが、いつも一緒に仕事をしている制作会社の方に勧められて、三田村組の『父との夏』という作品の再演を見に行ったら、その年に見た舞台の中で一番良かったと思うくらい素晴らしかったんです。特に三田村さんが圧倒的で。当時はまだお話をするような間柄ではなかったのですが、今回『しゃぼん玉〜』の主人公を男性にしようと考えたとき、最初に思い浮かんだのが三田村さんでした。それで制作会社の方に繋いでもらってお会いして、TOKYOハンバーグの作品も見ていただいて。先日、三田村さんが出演されたTeamクースーの『坂、半ば -新宿抜弁天界隈-』はうちのメンバーも見に行って、初めて三田村さんの芝居を見た永田と山本も感激していました」
三田村「三田村組では自分の半分くらいの年齢の若い作家たちとずっとやってきていて、もともと若い人と話している方が楽しいんです。同年代同士で話していても、病気の話とか誰々が死んだ話ばかりで意味がない(笑)。僕にとっては、この死にかけてるクソジジイを若い世代がどういうふうに思っているのかってことに興味がある。それを知りたいがために若い人と一緒にやっているみたいな感じなので、大西君と話していても何の抵抗もないんです」
大西「先ほど話した『父との夏』が本当に素晴らしくて、始まって15分くらいで、登場人物全員を愛してしまうような作品なんです。作・演出は劇団ショーマの高橋いさをさんですが、そこでの三田村さんが、芝居をしているんだか、ただ普通にいるだけなのかわからないくらいリアルで。僕は師匠に「表現とは存在だ」と教わりましたが、本当にそこで生活していている人の人生が見えてくるような、それを体現していたのが三田村さんでした。尊敬するというより、憧れの俳優です。そんな人が自分の公演に出てくださるということで、じっくり刻みたいですし、いろんな人に見てもらいたいと思っています」
大西弘記にしか書けないものを獲得しつつある
――― 丸尾聡さんとのご縁は?
大西「僕が研究所にいた頃は、岸田國士とか菊池寛といった昔の人の本をずっとやっていて、研究所がなくなったときに初めて小劇場の演劇を見るようになったんです。そこで一番最初に触れたのが丸尾さんの作品で、僕としては一番勉強したい劇作家だと勝手に思っている存在でした。今は「丸尾さん丸尾さん」って甘えられる関係でもあって、TOKYOハンバーグに対しても、いろんな方からけっこう厳しいことを言われたりする中で、丸尾さんは認めてくれるところはちゃんと認めてくれて、いろんなアドバイスをしてくださる。
じゃあ僕が丸尾さんくらいの歳になったとき、まだまだ至らない若手劇作家の心を汲んで対等に話してあげることが出来るだろうかと思うと、劇作家というより人間としての器の大きさが素晴らしいなと。ズボラでダサいところもいっぱいあるんですけど(笑)、そういう人間味があるところも大好きで、今回、この役は丸尾さんしかいないと思ってオファーしました」
丸尾「大西のことは割と昔から知っていて、TOKYOハンバーグは一番最初から知っているわけではないけど、正直、よくここまで来たなという感じで(笑)。いわゆる小劇場の流行りや売れ線とは一線を画してずっとやってきた中で、方法論とかいろんなことがまだ追いつかない時期もたぶんあったと思うんです。
でもそのあたりがだんだん磨かれてきて、大西自身もこの年代でないと書けないもの、作家として自分の書きたい時間みたいなものを獲得しつつある。最近はとみに動員を伸ばし、ある評価も出てきたというのが、すごく素敵な話だと思うんですよ。そういうタイミングで、役者として出演のオファーをいただいたので、とても楽しみにしています」
大西「最初はびっくりしていましたけどね(笑)」
丸尾「三田村さんの作品はものすごい数を見ていて、たぶん自分が一番たくさん見ている俳優の一人かもしれません。ご縁のあるいろんな方々と一緒に仕事をさせていただいてますが、なぜか実は三田村さんとは接点がなくて、どこかでご挨拶くらいはしたことがあるというくらい。だから今回大西が繋いでくれて、ご一緒できるというのはとても嬉しいですね」
演劇への愛情や才能を感じる若手メンバー
――― 永田さんは昨年からTOKYOハンバーグのメンバーになって、山本さんは今年入ったばかりなんですね。参加したきっかけは?
永田「短大を卒業してフリーで役者をやっていたとき、TOKYOハンバーグ出演者WSオーディションの告知を見たんです。当時TOKYOハンバーグのことは知らなかったのですが(笑)、その告知の閲覧数が異常に多くて、なんだこの劇団は!と思ってオーディションに参加しました。そこで合格し、初めて出演したのが去年の『愛、あるいは哀、それは相。』で、大西さんの書いた作品に出るのは今度の『しゃぼん玉〜』で6作目になります。1作品終えるたびに好きになっていくというか、この作品をやりたいという思いがどんどん強くなっていくのを感じています」
山本「私もオーディションがきっかけです。その公演が東日本大震災をテーマにした『KUDAN』という作品で、被ばくした牛の殺処分をしなければいけなくなった牧場主が、それでも命を守りたいと思ったところから始まる物語でした。私は当時大学4年だったんですけど、人生の節目にそういう作品とこの劇団に出会えたことに不思議な縁を感じずにはいられなくて、オーディションを受けて大西さんに採っていただいたのがTOKYOハンバーグとの出会いです」
――― 大西さんから見た2人の魅力は?
大西「演劇をやっている人って、演劇が好きか、演劇をやっている自分が好きかの2種類にだいたい分かれると思うんですけど、永田は本当に演劇が好きで、自分を素敵に見せるというより作品を素敵に見せられる。これは才能だと思います。そして、ボクサーで言うならどれだけパンチをもらってもビビらないハートを持っています。山本は、『KUDAN』で歌を歌えるヒロイン役を探していた中で、彼女しかいない!と思って採用しました。公演は座・高円寺1でやらせてもらったのですが、彼女1人の歌で劇場の空間を支配していて、歌で包み込むってこういうことなのかと思いました。いろいろな意味で永田とは対照的で、見ていて面白いです」
見る人の日常を少しでも変えていけたら
――― 高齢者の一人暮らしや、ハウスクリーニング業者が不景気を乗り越えるために業務内容を広げていくといったモチーフには社会的なメッセージも感じますが。
大西「何か社会問題を告発するような作品を書くつもりはありません。社会や時代と対峙したいというのはありますが、やっぱり僕が書きたいのは「人」なんです。どんな時代のどんな状況であろうと、ちゃんと生きている人間を書きたい。そこで目指しているのは、「感動」というより「心に響く」もの。TOKYOハンバーグではよく「心の栄養」という言葉を使っていて、その中では右脳も左脳も刺激したいんですけど、一番刺激したいのは「心」だと思っています」
――― 最後に、公演へ向けての意気込みをお願いします。
三田村「今回は孫が2人いるっていう設定で、そうすると僕はまったく芝居をしなくても済むんですね。相手が台詞を言って、僕は黙ってニコニコ聞いていればいい(笑)。逆に、要らないことをすればするほど芝居臭くなる。つまり、相手の若さが僕をお爺ちゃんにしてくれる、歳を重ねたことで楽になれる部分というのがあるんです。それはそれですごくありがたいと思いながら、どんな本でどんなシーンがあるのか楽しみにしているところです」
丸尾「今回は初めてご一緒する方が多いので、そういう意味でも楽しみですね。僕もだんだん年齢が上がってきて、ちょっと油断すると若い子や知らない人と積極的にやる機会が失われていくので、とても良い機会を与えていただきました。1人の役者として一生懸命やろうと思っています」
永田「演劇をずっとやられてきた大先輩の方々と同じ空間で一緒にお芝居ができるというのはとても楽しみです。緊張もしますけど、それをうまく演技につなげていけたらなと思います。全22公演というロングランも初めての経験ですが、最初と終わった後では何かが絶対変わってくると思うので、それを感じてやっていきたいです」
山本「私にとっても本当に大きな挑戦ですし、経験がないぶん誰よりも成長したいという思いがあります。大西さんからは「三田村さんを手のひらの上で動かす女性の役だ」と聞いていますので(笑)、大先輩とどんなふうにお芝居できるのか、緊張しながらも楽しみです」
大西「自分が今やれること、やりたいことを誰よりもエゴイスティックにやっていくことで、他人が楽しくいられるというのが理想なので、そういう意味合いでも今回は面白い企画になると思います。演劇をやっている以上、面白いものを作るというのは当たり前で、それ以外に何ができるかということの方が今後のTOKYOハンバーグにとっては大事かなと。僕自身、三田村さんのような大先輩と1つの演劇に向き合える機会を尊く感じますし、若いメンバーにとってもすごく大きな経験になるはずです。作品の中のどこかのシーンや言葉が見てくださる方の心に残り、その人の日常を少しでも変えていくようなものになればいいなと思っています」
(取材・文&撮影:西本 勲)