『高速を降りて、国道を2キロ走った、モミの木に囲まれたカフェレストラン』……これだけで情景が浮かんできそうなタイトルの舞台を上演するのは、演出家・脚本家の太田実が主宰するワークショップから生まれた演劇ユニット、初級教室。
本作は2009年に初演された作品の再演で、小さなカフェレストランに住み込みで働くウェイトレスの少女と、子供のいないオーナー夫婦を中心とした物語だ。高速道路が近くにできたことで潰れる寸前となっているその店をなんとか維持しようと奮闘する中、やがてクリスマスの時期が近づき、奇妙な出来事が多発する。古典の雰囲気と寓話的世界が同居した本作について、ウェイトレス役の川口果恋、オーナー夫婦を演じる中山峻と橘ゆかりに、太田も交えて話を聞いた。
観る人によっていろんな捉え方ができる作品
――― 主演の川口さんは、今年大学を卒業したばかりだそうですね。
川口「はい。京都の大学を卒業してすぐ東京に引っ越してきました。それからオーディションをいくつか受けて、初めて合格したのがこの作品です」
太田「ウェイトレス役を誰にするかは大きなポイントだったので、何人もの方をオーディションして、ようやく決まりました。オーディションのほとんど最後の日程だったんですけど、彼女は集合時間のちょっと前に来ていて、近くのコンビニで見かけたんです。それで、“あの子かな? あっ、もう決まりだな”と(笑)。ただ、少し知的障害のある子という設定なので、そういう演技を恥ずかしがらずにできるかどうかを、即興芝居で少し試させていただいた上で、最終的に決定しました」
川口「自分の実年齢より下の、二十代で中学生や小学生の役はいくつか経験していましたが、知的障害と言われる設定は今回が初めてです。なるべく積極的に機会を見つけて、街中や電車などで居合わせたりするような方たちを観察して……と言うと語弊があるかもしれませんが、注意して見て、自分に投影するところから始めてみようと考えています」
――― その一方で、中山さんと橘さんをキャスティングした狙いは?
太田「今までの初級教室の舞台は二十代や三十代前半の人ばかりで、例えば四十代の役もそういう人たちでやっていたんですけど、今回はちゃんとリアルな年齢の方をキャスティングしようということで声をかけさせていただきました。作品の成功はキャスティングで7〜8割決まると思っていますので、妥協せずイメージ通りのキャストに集まっていただくことができて幸せです」
――― キャストの皆さんに、脚本を読んだ感想をお聞きしたいです。
川口「舞台ですけど、1つ1つのシーンが映画的というか、映像的に見えるというのが最初の印象でした。少しファンタジックな要素があることによって、より映画のように見えるというか、映像にしても楽しそうな作品だなと思いました」
中山「こうして取材を受けている今の時点では、まだ始まったばかりなのでわからないことだらけです。特にこの作品は、何通りものやり方を見つけられる本なので、やりがいはあるけど、難しいだろうなというのが正直なところ。単なるファンタジーで終わらせることもできますけど、特に大きな事件も起こらず、何を言いたいのかわからないというか、人によっていろんな捉え方がある作品だと思います。それをどう見せられるかは俺たち次第ですね」
橘「話の作り方が面白いなと思いました。私が演じるのはちょっと悲しみを持っている役ですが、悲しみの向こう側くらいまで行ってみたいなと思っています。今回、太田さんはメソッド的なものを取り入れて作っていくとも聞いていますので、いろいろな角度から試させてもらえるのもとても楽しみです」
小劇場の空間で1つになって楽しみたい
――― 中山さんと橘さんは映像のお仕事が多いですが、今回のような小劇場での公演についてはいかがでしょうか?
中山「芝居芝居しなくていいので助かります(笑)。しかし、そういう意味では怖さもあります」
橘「すごく楽しみです。私は、映像と舞台は別物だと思っているんですね。ライブ(生)しかなかった時代から、舞台が基礎であり原点だと思っているので、とても大切な場所です。小さな劇場は臨場感もすごくありますし、その空間の中でお客様と1つになって楽しんでいけたらと思っています」
――― 川口さんにとって、中山さんや橘さんのようなベテランの方と一緒にお芝居をする機会は貴重なのでは?
川口「そうですね。学生時代に経験した舞台や映像制作は、同年代や年下の子たちとの現場ばかりでしたから。今回は、自分が今までやってきたことも踏まえてはいきたいんですけど、1回更地になるつもりで、大先輩方の組み立て方とかやり方をたくさん研究したいなと思います」
中山「俺らのことは参考にならないよ、ほんとに」
川口「いえいえ!(笑)」
中山「Vシネマとかでは若い人とやることも多いし、キャリアなんて関係ないですからね。上手い子は全然上手いし。役者ってキャリアじゃないと思うから、俺は全然、、、彼女が若いからとか、キャリアが浅いとか、どの作品でも思いますよ」
橘「私も同じです。何かをアドバイスするというより、いろんなことを言い合えるような関係性でいられたらなと思いますね。最初にワークショップみたいな感じで何回かご一緒させてもらったときも、私としてはとてもやりやすかったです」
人間のどうしようもない業や運命のようなものを描けたら
――― 最後に、来場するお客様に向けて一言ずつお願いします。
太田「上演時期がクリスマスに近いということもあって、日常じゃないところにお客さんを連れていきたいと思っています。物語の中では奇跡のような出来事が起きますが、クリスマスだからといって心温まる奇跡ということではなく、人間のどうしようもない業とか運命のようなものが描かれます。オーナー夫婦とウェイトレスは、血はつながっていないけど本当の親子のような関係性で、どうしてそうなっているのかということも含めて、観る人それぞれが解釈したり感じ取っていただけるようなものを目指していけたらなと思います。観た後はなんだかモヤモヤして、帰りに喫茶店に寄って作品について話したくなるような……そのくらいになるといいですね」
中山「俺は今52歳なんですけど、死というものがだんだん現実のものになってきていて、今回演じるのも、そういう役なんですよ。だから、同年代の人は“ああ、もう死ぬんだよな、そのときに自分は何をするのかな”とか、若い人たちは“あのくらいの歳になるとそういうことを考えて生きていくのかな”とか…… 自分だけの死じゃなくて、周りの死を含めて、いろんなことを感じると思う。悩んでるのか楽しんでるかよくわからないようなこの役柄を通して、生きていることは死ぬことなんだっていうのが伝わればいいかなと、今日の時点では思っています」
橘「今まで数々の役を演じさせていただいていますが、この作品には、私が今までの人生で感じてきたことがそこここに散りばめられていて、まるで運命のようなものを感じました。それらを心を込めてお客さんに伝えていけたらと思っています。暮れに向けてのお忙しい時期だとは思いますが、モミの木に囲まれたとあるカフェレストランの不思議な空間を体験しに、ぜひ劇場にお越しいただけましたら幸いです。心よりお待ちしています」
川口「私と同年代の方たちにとっては、社会人になって最初の年がもうすぐ終わろうとしている時期で、たぶんいろんな出来事に揉まれて疲れたり、焦ったり、いろいろ悩んだりしている人もいると思うんです。そんなときにこの舞台を観ていただいて……別にその人それぞれの感覚でいいんですけど、ちょっとした小休止みたいに感じていただけたり、来年に向けて少し上向きな気持ちになるきっかけにしていただけたら嬉しいなと、今は思っています」
(取材・文&撮影:西本 勲)