これまで能に親しみが薄かった人でも参加しやすい、新たなかたちの能公演が開催される。主催するのは宝生流シテ方・佐野登。2015年度よりスタートし、今年で3度目となる本公演では大曲「道成寺」に挑む。公演前後には豪華ゲストによるトークショーとアフターパーティーが用意されるなど、月刊誌『Discover Japan』後援の下、能をより身近に感じられる仕掛けが施されるという。今年のトークショーにはダンスグループTRFのSAMの登壇が決定。650年続く能の伝統を未来につなげる、見逃せない公演を前に、カンフェティでは佐野登と宝生和英に話を聞いた。
――― この「未来につながる伝統-Future Traditions」は三回目を迎えるそうですが、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
佐野「私は伯父から能を継承しているのですが、2015年に、伯父の7回忌と祖父の50回忌の追善公演をしたのがきっかけです。せっかくなら新しい取り組みもやっていきたいと思っていたときに、以前よりお付き合いのあった竢o版さんのご理解を得て始まりました」
――― 竢o版さんとの取り組みについて教えてください。
佐野「7年前に雑誌『Discover Japan』で伝統芸能特集をするときに、能のことを取材しに来られたことが最初のきっかけです。その後も引き続き能のことを紹介してくださったり、伝統芸能を活用したイベントをしてきました。本公演では、いままでつながらない方々とつないでいただいたり、ワークショップを開いたりして、私どもの通常のお客様とはまた違った、普段届かないところに情報が届く取り組みを一緒にやっています」
――― 普段と違う取り組みというのには、どんなことがあるのでしょう。
佐野「例えば、毎回ゲストを招いてトークショーもしています。今回はTRFのSAMさんにお越しいただくことになっています。SAMさんは身体表現をしているということで、能と共通することもあるし、私がSAMさんとお話したところ、“ダンスも基本がきっちりしていないとだめ”ということをおっしゃっていて、そういう能と共有できることからお話していただきたいと思っています」
――― 今回は、宝生流家元の宝生和英さんもご出演とのことですが。
佐野「今回は、『道成寺』という大事な演目をやらせていただくということで、家元に許可をいただきました。その中でも、家元に『道成寺』の中に出てくる鐘を落とす鐘後見の役をお願いしています」
――― 『道成寺』の鐘を落とすというのは、どのようなシーンになるのですか?
佐野「鐘自体がかなりの重さがありますが、その鐘が落ちてくるところにシテである私が飛び上がって入るという演出もあり、それはタイミングが合わなければ大けがに至るような場面で、ある意味命をゆだねるような役です。それは信頼関係がないとできないことなんです」
宝生「催し物全体は新しい取り組みなのですが、舞台自体は本来通りの能公演です。ルールがあって動いているので、『道成寺』はシテと鐘後見との連携がきちんととれていないと、命にもかかわるところがあるので、そういった意味では特別な演目であると思います」
佐野「私が『道成寺』をやるのは、今回で二回目ですが、初めてのときの鐘後見は、家元のお父様でした。そして今回はそのご子息である現家元が務められる。世代を超えて続くものが信頼関係でもつながっていることは、とても大事なことだと思います」
――― その『道成寺』を初めて演じられた際のエピソードはありますか?
佐野「私が一回目に『道成寺』をやったのが25年前でした。そのときは伯父から指導を受けていました。何度もやる演目ではないし、能は一回興行なので、一度やった演目を次にいつやるのかもわかりません。
今回の道成寺は25年経って再演の機会を得ましたが、もう少し前にやっていたら、一回目の時とそれほど変わったものにならなかったかもしれないし、もう少し遅かったら体力的にも難しいだろうから、ちょうどいいタイミングだと思いました。足元がおぼつかなかったりしたら、家元も困るでしょうし、お客さんにもなんだ?って思われてしまったら意味がないですしね(笑)」
――― 今回、家元は『道成寺』で鐘を落とすほか、舞囃子「高砂」も披露されるということですが。
宝生「能楽というのは、シテが重要で、シテを盛り上げるために周りがいるともいえます。家元であっても、シテである佐野先生をどう盛り上げるかが重要で、舞囃子もやりますが、それも『道成寺』をいかによく見せるためのスパイスになるかが大事だと思っています」
――― 最後に、観に来られる方に一言お願いします。
佐野「ワークショップなどでいつも話していますが、能はすごいということを押し付けで言うのではなく、なんだかわからないけど、きれいとか、凄いとか、不思議とか、お客様ご自身で感じるものを何かしら持ち帰っていただき、心のどこかに残してもらえればうれしいです。そしてまた能を観てみようかな、と再び能楽堂に足を運んでくださることを願っています。」
宝生「それにはこちらも、これは何だろうと思ってもらうことが大事だと思いますね。これは何だろうと思ったことをたくさん持ち帰ってもらって、それを調べることになってもいいし。『道成寺』の中の乱拍子では、蛇が階段を上っている場面を、人間の足で表現するんですけど、これは何だろうとか、そういうことを考えてもらうことがあればいいのかなと思います」
(取材・文&撮影:西森路代)