蜂寅企画の第十四回公演『最果て忠敬』は、江戸時代に初の日本地図を作成したことで知られる伊能忠敬がモチーフ。といっても物語の中心は彼ではなく、息子の秀蔵をはじめとする忠敬の傍に生きた人々だ。そこから浮かび上がるのは、今も昔も変わらない「人間」の姿。前々作『忘れな三助』に続いてメインキャストで客演する金城大和と、プロデュース/演出/出演の三役で蜂寅企画を頼もしく支える板倉光隆、そして蜂寅企画の常連を経て現在は劇団員として活動する安田 徳の3人が、公演直前の思いなどを話してくれた
人の“輪”が素敵な、蜂寅企画の作品づくり
――― 各地を自分の足で歩いて測量するという途方もない方法で、初めての日本地図作りに取り組んだ伊能忠敬。しかも地図の完成まであと一歩というところで亡くなってしまうという、それだけでもとてもドラマチックなモチーフですが、どのように舞台化しようと?
板倉「主宰の中尾さん(中尾知代/戯曲も担当)から、今回は伊能忠敬を取り上げたいという話が出てきたわけですが、日本史の教科書みたいに忠敬の人生を辿っても面白くない。そもそも忠敬自身が亡くなったのが73歳と、当時としてはかなり長生きされた方なので、大河ドラマならともかく(笑)、90分や100分の舞台ではとても追い切れません。
そこで、うち(蜂寅企画)がよく用いる方法でもあるのですが、その人の周りにどういう人たちがいて、どういう思いで地図作りに関わっていたか。そこへの興味を軸にして組み立てていけば、お客様も共感できたり、自分自身を投影してもらえるんじゃないかと考えました。あと、忠敬が亡くなった後も、地図が完成するまで彼の死は公表されていないんです。それはどうしてだろう?という疑問が生まれたのも、ドラマとして面白く作れそうだと思ったポイントの1つです」
――― 忠敬と一緒に日本を歩いて回った人たちのお話になるわけですね。そこでストーリーを引っ張っていく忠敬の息子、秀蔵を演じるのが金城さん。
金城「『忘れな三助』で初めて参加させてもらったんですけど、蜂寅さんの舞台は、まず物語が面白いですね。演出面も含めて僕が好きな画作りでもあったし、蜂寅さんが連れてくるというか、呼び寄せる人たちの“輪”が素敵だったんです。だから僕もぜひまたやりたいなと思っていて、約1年ぶりに、嬉しく参加しております(笑)」
――― 素行不良で忠敬から勘当され、測量隊を追われた人物だということですが。
金城「あらすじや人物設定を見ると、強い部分があるのかなと思いましたが、親父に勘当されるくらいなので、繊細な部分もあっただろうし。そこは稽古を通して探っていきたいですね。日本地図ならぬ“秀蔵地図”を書くように(笑)、一歩ずつ歩いていきたいと思います」
――― 金城さんから見て、伊能忠敬という人物はどんなふうに映りますか?
金城「良い意味で変態だなと思います(笑)。距離を測るのに一歩ずつ数えながら歩くなんて、考えるだけで頭おかしいなと……もちろん褒めてるんですよ(笑)。そんな人がいなかったら日本地図もないわけで。大きな偉業を成した人は、やっぱりどこか変態の気質があるんだなと」
――― そんな忠敬の周りにいた人々はどうだったのか、というお話なんですね。
板倉「そうですね。誰もやったことのない仕事をしているわけだから、周りの人も“これが何になるんだろう”って不安だったでしょうし。私財を投じて始めた忠敬に対して、賛同する人もどういう思いを抱いていたのか。そういうところがテーマになります。忠敬本人も出てきますが、そこには構造上の仕掛けがあって、主役は秀蔵なんですけど、忠敬も確実にキーマンになっている。影の主役的な感じですね。どういう形で出てくるのか、楽しみにしていただければと思います」
突き抜けた存在の忠敬と、周りの人たちの人間臭さ
――― 安田さんは、蜂寅企画が作品ごとにキャスト/スタッフを集める演劇ユニットだった頃から客演されていて、2016年に劇団員になりました。同時期に板倉さんがプロデューサーに就任したりと、蜂寅企画の変化を近くでご覧になっていていかがですか?
安田「一番大きく変わったのは、稽古場の空気ですかね。例えば、何かちょっと上手くいかないシーンがあると、以前は何度でもやろうという感じだったのが、板倉さんが演出/プロデューサーとして入ってからは、一旦宿題にして、温めてから改めて稽古するようになったんです。それも1人で考えるんじゃなくて、そのシーンに関わっているメンバーだったり、なんなら全員で一度考える。その結果、本番に向けて芝居がより洗練されてきたと感じます」
――― 今回、安田さんが演じる役どころは?
安田「周りの若い人たちと一緒に忠敬に同行する中の1人です。さっき金城さんは忠敬を変態じみていると表現しましたが、忠敬はたぶん突き抜けているんだと思うんです。現代でも、そういう人は場合によっては変人扱いされたり、怖がられたり、距離を置かれたりする。でも、その分野に興味がある人にとっては、その突き抜けていところが魅力的なんだと思うし、だからこそ忠敬に惚れ込んだり賛同した人がたくさんいたんだろうし。息子も、そんな親父との力の差みたいなものをきっと感じていたんじゃないかと。
そう考えると、忠敬の周りにいた人たちはすごく人間臭いと思うんです。僕はそういうところを演じる予定で、ひょっとしたらお客さんと忠敬をつなぐ存在になるかもしれないなと思っています。突き抜けている人と、普通の人の橋渡しをするような」
――― そして板倉さんは出演もされますが、演出家と俳優を兼ねるのはなかなか大変なのでは?
板倉「物理的に時間がないんですよ。周りの稽古を見ていると、自分のことがいつも後回しになってしまって、ヤバいなと(笑)。だから何回も試したりはできないし、こうしたほうが面白いなということをある程度イメージするというか、決めてやらなきゃいけない。とはいえ、稽古はあくまでも稽古であって、本番でもそれで本当にいいのかというジャッジは自分でやらなきゃいけない。これはなかなか残酷です(笑)。自分で自分の良くないところ、素敵じゃない部分をえぐり取るというのは、自分で自分の手術をするブラックジャックみたいな感じです(笑)」
金城「僕は役者としての板倉先輩としか接してこなかったんですけど、今の姿を見ていると、やっぱりさすがだなと思います。演出の仕方も僕の好みというか、やりたいようにさせてくれますし。人間の生理の動き、心の動きでやらせてくれる。信頼している演出家ですね。ただ、稽古も後半になってくると脳内でせめぎ合いが始まるみたいで、僕らのことを“大丈夫?”なんて気遣ってくれるんですけど、僕の方が“大丈夫?”って言いたいです(笑)」
板倉「確かに(笑)」
安田「俳優としての技術や経験に関しては、もう単純に板倉さんからは学ぶことばかりですが、そこからさらに演出としてのジャッジの速さ、判断に迷わないところがすごいなと、いつも思っています。あとはこの1〜2年で、人を見る力を僕は板倉さんから学んでいますね。ユーモアと愛に溢れた人間関係を築いていく力というか」
板倉「安田くんもそうだし、中尾さんも他の劇団員もそうですけど、僕は身内に対して一番厳しく接するし、一番愛しています。僕はすぐに結果を求めるので、みんな本当に大変な思いしかしていないと思うんですけど、本番で良い作品になったときに一番幸せになるのも劇団員だと思うんです。安田くんとはこの1年半くらい、ずいぶんたくさん演劇的な時間を一緒に過ごしてきて、劇団員として目覚ましく変わってきたと思います。だから期待しかしていないし、僕が思う素敵な芝居作りのメンバーであってほしい。そして、そこに2回目に加わってくれる大和くんも、もちろんとても信頼できる役者の1人です」
面白さや楽しさだけじゃないものも伝えられたら
――― 今回はキャストが20人以上と多めですが、昨年の『忘れな三助』も30人超とかなりの人数だったにもかかわらず、全員がちゃんとそこにいる人として“生きている”と感じられたのが印象的でした。この『最果て忠敬』にも、そういうリアリティが込められるのだろうと思うと楽しみです。
板倉「ありがとうございます(笑)」
――― 時代劇に馴染みのない人も、生身の人間が目の前でリアリティのある振る舞いを見せてくれると、自然と物語の中に入っていけると思います。
板倉「ぜひ、そういう人にこそ観ていただきたいですね。今回は人情ものだったり、自分の夢とか仕事に向き合うことだったり、いろいろなドラマを盛り込んでいます。その上で、ただ面白いとか楽しいだけじゃないテーマも入れたいと思っていて……それは僕個人の考えでもあるし、蜂寅企画という劇団としても、江戸時代って面白そうとか、お芝居って楽しいということを伝えるだけじゃないプラスアルファを、説教がましくならずに伝えられたらいいなと思っています。時代や国が違っても変わらない、人間なら共感できるはずの“そのこと”を避けて通らずに、探っていきたい。それが何なのかは、ご覧になった皆さんがそれぞれ感じていただけたら嬉しいです」
安田「時代劇だからと、観る前からフィルターをかけてしまうこともあると思いますが、僕も小中高と日本史は苦手でした。でも、お芝居というものを通すと、すごく受け入れやすくなったりもする。それに、演じている僕らは現代の日本人で、普段はファストフードも食べればスマホも使う。だからこそ、今も昔も人間ってそんなに変わらないんだということを伝えられるとも思うんです。決して歴史のお勉強とかじゃなく、僕らが立っているところを観て、“こんな人間がいたのかな”というくらいの感じで受け入れていただけたらなと思います」
金城「時代ものだというところはあまり気にせず、きっと板倉さんは“人間”を演出してくれるだろうし、中尾さんが書くキャラクターも“人間”なので、そんな“人間”たちが織り成す舞台を観てくれた人が、勇気ある一歩を踏み出せるような、背中をポンと押すような物語になればいいなと思っています」
――― 偉大な父親を持つ息子の言葉として聞くと、なんだか説得力がありますね。
金城「カリスマの周りは凡人だらけですよ、きっと。この地球は、そういう普通の人たちで成り立っていると思うし、その人たちが一生懸命生きているから、カリスマも成功できたんじゃないかと。僕らは一生懸命頑張って稽古しますから、皆さんは頑張らずに(笑)気軽に観に来てください」
(取材・文&撮影:西本 勲)