東京シティ・バレエ団によるクラシックバレエ不朽の名作『白鳥の湖』に、人気声優が台詞とナレーションをつけて上演! そんな前代未聞の公演が5月に実現する。バレエという芸術の“言語を使わない”特徴をあえて覆すこの企画、一体どんな意図で、どんなきっかけで生まれたのか? 前代未聞の舞台に向けたダンサーの思いとは? 芸術監督の安達悦子さん、本公演の主演を務める中森理恵さんに伺った。
物語の細部や感情表現のニュアンスも、台詞があればより伝わる
――― まず、どこからこの企画が生まれたのか教えていただけますか。
安達「プロの舞台では聞いたことがありませんが、実は、私が指導している洗足学園音楽大学には声優アニメソングコースがありまして、そことバレエコースがコラボ公演を行っています。バレエを専門に学んでいる学生でも、全幕もののクラシックバレエ全体の物語を細部まで理解できていない子は結構いるんですね。ですから、バレエをより深く理解する機会になっています」
中森「確かに、コンクールを目指していたりすると、◯◯の踊り、のように決まった部分の技術を上げることに一生懸命で、物語の細かい部分や役の気持ちを理解するところまではなかなか行かないかもしれないですね」
安達「そうなんです。最初に提案された時は、どんな風になるのか、うまくいくのか分からなかったんですけど、実際にやってみたら、想像以上にうまくいって。来てくださった方も、今までなんとなく分かったつもりになっていた物語がより深く理解できたとか、あそこの踊りは台詞にすると何を言っているのか初めて分かったとか仰ってくださって、これは是非バレエ団でもやってみたら、今までバレエは分からないと思っていた方にも見ていただけるのではと思ったんです。バレエが敷居が高いと思われる原因の1つには、見に行ってもよく分からないっていうのがあると思うんですけど、声が入ることで、この踊りがなぜこのシーンで踊られているのか? とかが理解できるようになります。歌舞伎のイヤホンガイドのようなものだと思っていただけたらいいかな。あれって初心者の方にはとてもいいですよね」
――― 確かに、初心者には強い味方です。では、声優さんとコラボしますって聞いた時、中森さんはどう感じましたか?
中森「すごくびっくりしました(笑)。踊ってる最中に台詞が飛んで来るのか、踊りに集中できるのか……。リハーサルも始まってないので、まだ不思議でしょうがないです」
――― そうですよね。
安達「ダンサーのやることはほとんど変わらないんです。普段は踊りながら心の中で言っていることが実際に出てくる感じ。マイムの部分で台詞が入ることが多くて、あとは戦いの部分の“ガヤ”だったり、ナレーションが入ります。ダンサーが普段息遣いとか表情でやっているものが声で、言葉で出てくるんです。バリエーションのところには基本、台詞は入らないかな」
中森「台詞は日本語ですよね? リアクションも全部日本語のリアクションになるんですか?」
安達「そうそう、脚本の先生に台本を書いていただいています。もともとチャイコフスキーの『白鳥の湖』っていう音楽はバレエのために書かれていて、メロディやモチーフが台詞になっているので、振りはほぼ変えないで合わせていけるんです。マイムだけ少し台詞に合わせる部分があるくらいですね」
中森「そうなんですね」
安達「例えば1幕はマイムのシーンが結構多いので、そこには王子の台詞がたくさん入ります。王子と王妃が何を話しているか、バレエをご覧になる方でも案外ちゃんとは知らなかったりするんですよ。『白鳥』って、王子の心の葛藤とか心の成長が全編にあるんですけど、多分、初めての時はそれを意識して見ないですよね。やっぱりオデットとオディールを見て、白鳥たちを見るじゃないですか。実は王子の成長物語ってところがあるんだけど、それに気づくのは、きっと5回くらい見てからだと思うんです(笑)。古典っていうのは、本当は何回も見て、最初見れなかった部分を色々見ていくことで、何度食べても味わい深い作品なはず。その最初のとっかかりになったり、違った面に気づくきっかけになったり…この公演がバレエへのいい扉になって欲しいなと思います」
中森「台詞があると踊ってる私たちも感情が出しやすそうですよね。自分の中ではいつも喋ってるけど、セリフが聞こえたらもっと強く感情を表現できそうです」
人気声優とのコラボレーションで、バレエの見方が新たに変わるかも
――― メインキャストで出演いただく声優さんは人気の方ばかりですね。このキャスティングもすごいと思います。
安達「新田(恵海)さんは洗足のご出身らしくて、ご紹介いただいたんです。正直に言うと、声優さんのことはこれまで存じあげなくて。今、声優の方々にすごくファンが多いということも、実は初めて知ったんです」
中森「ごめんなさい、私も……。」
――― 大変な売れっ子の方々です。新田さんは紅白にも出られてますし。
安達「そう聞きました。本当にありがたいです。新田さんのマネージャーさんに伺ったんですけど、こういう機会ってあまりないのでとても興味を持ってくださったみたいで、本当はお仕事が重なっていたんだけど、頑張って調整してくださったそうなんです」
中森「すごいですね。私の周りでも、興味を持ってくれる人がすごくたくさんいるんですよ。バレエに声優さんが台詞付けるってどういうこと? ってよく聞かれます」
安達「声優の方は感情を声で表現するプロですから、とても楽しみです。あとは、声優さんたちに持ってかれないように私たちが頑張らないといけないですね」
――― 舞台前方にスペースを作って、声優さんが朗読されているところを見られるようにすると伺いました。
中森「え、舞台上にいらっしゃるんですか?」
安達「ファンの方はかぶりつきですよね(笑)」
――― 今までいらっしゃらなかった方が増えて、客席の雰囲気が変わるかもしれませんね。
安達「もしそうなったら、それは私たちにとってはすごく嬉しいことです。初めての方にバレエを見てもらいたいというのがやっぱり一番なので、声優さんがお目当てでいらっしゃった方にも、バレエの魅力をぜひ紹介できたらと思ってます。ティアラこうとうが主催なので、チケットも気軽に来られる価格にしていますから、ぜひ気軽に来ていただきたいです」
中森「今まで『白鳥の湖』を見たことがある方も、見方が変わるかもしれませんね。まず王子の気持ちになるところから始まるので、オデットとオディールの物語と思ってた人は印象が変わりそうです」
繊細さを保ちながら、よりドラマチックな“白鳥”に仕上げる
――― 踊りの面では、中森さんのオデット/オディールは、安達さんからご覧になっていかがですか。
安達「今やっと彼女のオデット/オディールっていうものが出てきたのかなと思います。彼女の踊りはすごくピュアなんですけど、ピュアなオデットの中に感情を少し出してこられるようになったので、ここをもう少し深めてもらえたらなって。ダンサーとしても人間的にも、彼女の成長と共にこれから変わっていくと思います。『白鳥』は本当に特別だと思うんですよ。白鳥の動きをしなくちゃいけない、白鳥に見せなきゃいけない。それでありながら、女性として、プリンセスとしても、見せていかなきゃならない。3幕では別の人となって表現しなくてはいけない。今は黒鳥に関しても動きのピュアさでやってきてるから、今度はそこに艶とか加わるといいかな」
中森「白鳥の繊細さはすごく大事にしてて。他の人間の動き、人間の女王とは強さの出し方が違うので、いかに繊細で、グッと立っているのではない、浮かんでいるようなバランスを意識してます。あと、白鳥と黒鳥があまりにも違ったら、王子も騙されないじゃないですか。好きなオデットに似たところがチラチラ見えるからタイプだなって思うのであって、あまりにも違う黒鳥だったら惹かれないですよね。だから全く違う感じがしないように繊細で、だけど色気も、両方見えるようなオディールにしたかったんです」
安達「その駆け引き、見せたり見せなかったりをもう少し意図的にやって、観客にももっと分かるようになると、さらに良くなると思うな」
――― 中森さんの成長ぶり等、ずっと応援してくださっているファンの方にも楽しみな公演になりそうです。
安達「新しい試みなので賛否両論出るかもしれないですけど、バレエファンを増やしたい、一般の方々にもっとバレエを楽しんでもらいたいっていう思いだけです」
中森「私の踊りと新田さんの声が合うと、表現として広がって面白いと思うので、その辺を楽しんでいきたいです。自分のやりたいオデット/オディールはこの前の公演でイメージできたので、さらにそこを追求して、よりドラマチックに仕上げていけるように、もう一度練り直して頑張ります」
取材・文:土屋美緒 撮影:菅原康太