日本に原子爆弾が投下されてから10年後の1955年、広島で被爆した二十歳前後の女性たち25人が、ケロイド治療のためにアメリカへ渡った。かつての敵国で大きな不安を抱えながらも勇気を持って治療に臨んだ「原爆乙女」たちは、「ヒロシマ・ガールズ」としてテレビや新聞で大きく紹介され、米国民にも深い印象を残したという。そんな彼女たちを題材に、新劇女優7人の演劇ユニットOn7(オンナナ)が2015年に上演した『その頬、熱線に焼かれ』が、この夏再演される。社会的モチーフの硬派な作風で知られる劇団チョコレートケーキの古川健と日澤雄介がそれぞれ脚本・演出を手がけた本作は、各方面で高く評価されただけでなく、オンナナにとっても大きな意味を持つ作品になったという。普段はそれぞれに活動しているメンバーから5人に集まっていただき、再演に向けての思いなどを語ってもらった。
被爆した人それぞれに違う人生がある
――― 事前に資料を集めたり、当事者の方に話を聞いたりと、いろいろな準備を重ねて初演に臨んだそうですが、今振り返ってみてどんな手ごたえが残っていますか?
吉田「私たちは実際に戦争を体験したわけでもないし、知らないことが多い中でこういう演目をやるのは、怖いという気持ちの方が強かったです。実際に上演していろんなご意見をいただきましたが、“こんなことがあったなんて知らなかった”、“またやってほしい”といったお声もいただいて、嬉しかったのを覚えています。自分たちにとっても、ここで描かれていることを知るきっかけになった作品なので、これからも大事にしていきたいですし、私たちが上演しなくてもこの作品自体が大事にされていってほしいなとすごく思います」
尾身「とにかく心を込めて、舞台上で感じたことをするしかないと思いながら公演していました。被爆体験の話を聞かせてくださった方たちも、公演をご覧になってとても喜んでくださいました。原爆乙女のお一人でいらっしゃる笹森恵子さん(現在アメリカ在住で、被爆体験の証言活動に取り組む)は、“ぜひニューヨークで公演を”とおっしゃってくださいましたし、今回は北海道と広島でも上演しますが、どちらも現地の方々の強い希望で実現できることになりました。他にも“観たい”と言ってくださる方々がいて、そんなふうにたくさんの声をいただけることがすごく嬉しいことだなと思っています」
渋谷「実際に原爆乙女と呼ばれた方からお話を聞かせていただいて、本や映画などで知るのとは違う感覚がありました。被爆した当時は皆さん15〜16歳くらいで、普通に友達や家族のことが大好きだったり、毎日ごはんがおいしいなとか思いながら日常を過ごしていました。原爆はそんな人たちの上に突然落ちたものなんだということが、昔話ではなく、ちゃんと今の自分と地続きになる感覚があったんです。おそらく、そうやって直接お話を聞ける最後の世代になってしまうであろう私たちが、生身のお客さんの前で行う演劇という芸術を通して伝えられることがあるんじゃないかと、初演をやった実感として感じましたし、お客様からもそういう感想をいただいたりしました」
安藤「作家の古川さんが、女性7人のオンナナに書くならこの題材がいいとおっしゃってくださって、そこから初めていろいろ勉強する中で、被爆された方が100人いれば100通りの体験があって、1つの爆弾によって破壊された家庭や人間関係は一人一人全然違うんだということを実感しました。そのことが私たちの芝居を通して伝わればいいなと思いますし、特に後輩たちや若い子たちには、私たちと同じようにこの作品を通して原爆乙女という存在を知ってもらえたら、少しでも心に残ってくれたらいいなと、初演をやったときに思いました」
小暮「とても大きな命題をいただいてしまったなと思いながら、正直、これを演劇として面白いものにできるのだろうかという不安を拭えないまま本番に臨んだところもありました。でも蓋を開けてみたら、私たちがやること以上の何かが、お客様にバトンとして手渡されているという体感を覚えたんです。と同時に、自分自身はわかりませんが、私以外のみんなは、お芝居って何だろうと思うくらい役そのものになっていたというか、それまで見たことのない集中力を感じた気がして……。うまく言えないんですけど、古川さんや日澤さんとご一緒したことも含めて、オンナナにとっても私にとっても、1つの大きなステップだったなと思っています」
演劇のシンプルな原点に戻らせてもらえた
――― とても重い題材であると共に、先ほど小暮さんがおっしゃった「演劇として面白くできるのか」ということも大きなポイントだったかと思います。初演では役者としてどんなことを感じていましたか?
吉田「とにかく必死で、目の前の相手にどう向き合うかということだけを考えていました。嘘をつかないというか。もちろん物語の大きな流れはあるんですけど、その日に舞台で起こることを、日澤さんの演出ではすごく大事にされていたと思います。例えば、前の日はここで目が合ったけど今日は合わないとか、それぞれの体調とか、その日のちょっとしたことだったりとか。だからすごくスリリングで、鍛えられた時間だったんじゃないかなと。それにお客さんも含めて、みんなで同じ時間を共有しているという空気感は忘れられないです。まさに演劇のいい部分、演劇の醍醐味を体感できた時間でした」
尾身「吉田も言ったように、舞台でリアルに生きている人たちとちゃんと会話をしてほしいというのが日澤さんからの一番大きなリクエストでした。でも私たちは本当に被爆したわけではないから、いくらそれを想像してやっていても、お客様からすると“いや、嘘だろ”ってなるのが大前提にあると思うんです。だからこそ、舞台上でみんながリアルに会話できていないと、より“嘘だろ”となって、作品自体を愛してもらえない。もちろん、それはどんな作品をやる上でも変わらないと思いますが、この作品は特に、その日みんなとどんなふうに関わり合いながら物語を紡いでいくか、それをより繊細に感じる作品だったなと思います」
渋谷「女優しか出ない舞台の脚本を書いてもらうのは古川さんにとっても初めてのことで、7人の女性を書き分けるのはきっと大変だっただろうなと思うんですけど、古川さんは本編の台本とは別に、それぞれの役がどういう人物なのかを示す前日譚のようなものを戯曲として書いてくださっていたそうです。みんなごく普通の、等身大の女の子たちで、でもどこか純粋で汚れのない心を持っている。そこは古川さんも日澤さんも意識されていたと思いますし、普段はワチャワチャしているオンナナの良さも活かしながら(笑)、本番に臨んだような気がします」
安藤「先ほどから話に出ているように、純粋に役と向き合うこと、嘘をつかないこと、そのシンプルなことがどんなに難しいか。すごく面白かったのが、毎回本番が終わると、“今日の私たちは○○だったよね”みたいなことを言い合いながら楽屋に戻っていたんですけど、全員まったく手応えがないっていう日があったんです。でもそういう日に限って、日澤さんに“今日は最高だったよ”って言われて、全員が“ええーーーっ!?”ってなったという(笑)。つまり、役者として“やってやった”みたいなところが一瞬でも見えた日はダメだったんだろうなと。そこをしっかり見透かされている感があって、みんな今までやってきたことをいい意味で手放したというか、演劇の本当にシンプルな原点と言うべきところに戻らせてもらえた気がしました」
小暮「私はちょっとサービス精神が旺盛というか、“やりすぎ太郎”なところがあって(笑)、それはそれで1つの特徴としてはいいと思うんですけど、日澤さんの演出ではそこを徹底的に排除されました。“そんなにセリフっぽく言わないで”とか“本当にその気持ちが起こらないんだったら言わないで”って。シンプルな会話劇ってそういうことかもしれないですけど、まだまだ技術のない私は、まるで箱に入れられたような感じだったんです。そこから、自分はどういう俳優なんだろうと改めて見つめるところがあって、あれを経験していなかったらと思うと恐ろしくなるくらい、私にとってはとても大きな出来事でした。今回の再演にあたっては、日澤さんや古川さんも含めたみんなでいろいろ話していて、大事にするところは大事にしながら、初演とは違う新しいトライもできるんじゃないかなって予感しています」
自分たちの話かもしれないという距離感で
――― 普段の皆さんはワチャワチャしているという話も出ましたが(笑)、初演の準備として行われた広島取材旅行のレポート(レポートの詳細はこちらから ) などを拝見すると、とても賑やかでチームワークのいい7人だというのが伝わってきます。
尾身「みんなでいると本当に大変なことになるんです(笑)」
安藤「超民主主義なんですよ。誰かが一番上に立って“じゃあこれにします”っていうことがなくて、全員が納得するまでとことん喋る。周りのスタッフさんや演出家さんは、たいてい呆れて“もう帰っていい?”って(笑)。もう、常に誰かが喋ってます」
渋谷「文学座とか劇団の稽古だと、やっぱり演出家がトップにいるスタイルですけど、オンナナはみんなそれぞれ自分の役について思っていることをすごくよく話すんです。それには良し悪しがあると思いますけど、別の稽古場でも、もうちょっと自主性を持って“自分はこうしたいんだ”みたいなことを言っていきたいなと、オンナナを始めてから強く思うようになりました」
安藤「私と尾身と小暮の3人は青年座なんですけど、確かにその影響は感じますね。演出家に対して“わかりません!”とか“そうじゃないと思います!”って(笑)、そんなふうになりつつあります」
全員「(笑)」
尾身「オンナナは、自分たちがやりたい作品を、一緒にやりたい人たちに声をかけて制作から立ち上げていくスタイルなので、作品を作ることの責任の大きさを改めて感じています。だからどんな場所に行っても、役者として関わるだけでも、その作品をどうやって良いものにするか、役者一人としてどういう責任を持って作品に取り組むかという心持ちを持てたような気がします。たぶんメンバー全員が、オンナナをやることで精神的に変わった部分はたくさんあると思います」
――― では最後に、今回の再演をご覧になる方に向けてメッセージをいただけますか。
渋谷「劇中に出てくる女性たちは、いろいろ悩んだりもするけれど、案外前向きで強いんです。辛い目に遭っても、一生懸命周りの人を愛して、共に生きようとしている。そういうところから、お客様に勇気とか元気を渡せたらいいなと思います。もちろんお客様もいろいろ抱えているものがあると思うんですけど、そこで一歩踏み出す勇気だったり、明日もいっちょ頑張って生きてみるかっていう気になれる作品でもあると思うので、ぜひ見ていただきたいですね」
安藤「今は戦後じゃなくて戦前だとも言われている中で、故意に奪われていい命なんて1つもないんだという、そのことを改めてすごく大事にしたいです。本当に普通の日常を送っていた少女たちが、死に直面するような出来事を経験して、生きるってどういうことなのかを必死に考えて歩んでいく、その姿から感じてもらえることがきっとたくさんあると思います」
吉田「政治的な主張とか、誰が正義で悪だとか、そういうことを言いたい作品ではなくて、考え方はそれぞれ違っても、相手側の視点に立つとどうなのかなとか、思いやることの大切さが、この作品の中にはあると思うんです。ここで描かれていることは単に昔の出来事じゃなくて、自分のおじいちゃんやおばあちゃんの話かもしれないし、たまたま電車で隣に座った誰かの話かもしれないし、もしかしたら私たちの未来の話かもしれない。そのくらいの距離感を持って、劇場で一緒に時間を共有していただけたらなと思います」
小暮「ほんとにその通りです。現代を生きる私たちがお送りする物語にしたい。昔話にしたくないっていう、その思いだけですね」
尾身「初演が終わってからも、みんなそれぞれに広島のことを考える時間があったり、再演に向けて改めて被爆者の方にお話を伺ったりしている中で、本当にたくさんいらっしゃる被爆者の方々は、それぞれが全く違う思いで人生を歩んで来られた、そして亡くなった命もあったということを改めて感じています。笹森さんとお話ししたときも、“そういう1つ1つの命を想像して、お芝居を通してたくさんの人に伝えてほしい”と言ってくださって、その言葉を大きな荷物として両腕に抱えているような気持ちです。舞台上で生きている私たちの姿を通して、たくさんの人たちの命と人生を考えてほしいなと、今とても思っています」
(取材・文&撮影:西本 勲)