座長・大林素子のライフワークとも言える舞台、『MOTHER〜特攻の母 鳥濱トメ物語〜』が今年も9月に上演される。2009年に初演の幕が上がってから毎年公演を重ね、ついに今年10回目を迎える。当たり前のように過ぎていく平和な日々の大切さや命の尊さ、戦争を知らない世代に伝えたいメッセージが詰まっている本作。あの大戦を風化せないように、休むことなく10年間演じ続けてきた想いとは。全国4都市で開催する平成最後の『MOTHER』を見届けたい。
日本人として年に1度戦争について考える機会になれば
物語は大東亜戦争末期、知覧特攻隊の青年達と、食堂を切り盛りし彼らを母のように見送ってきた女性・鳥濱トメの実話を、進駐軍を交え史実に沿って丁寧に描く。
――― 今年もこの季節がやってきますが、公演に入る前にまず必ず行うことはありますか?
大林素子「年に3度ほどですが、トメさんのお墓には必ずお参りに行っていますね。今回も本番がはじまるまでにはお伺いすると思います。今年は10年目になりますが、あえて振り返ったり過去の台本などは見ないようにして、初めてその台本を読む意識で臨んでいます。同じ物語ですから、難しいですよね。囚われすぎないようにしようと思っています。なんて言ってますけど、となりに“先生”がいるから心強いわ。マサ君(杉江)とは別の作品で共演した際に凄く助けていただいてそこから先生と呼んでいます(笑)。とても頼りになります!」
杉江優篤「本当に勘弁してください〜そんなことないですよ(笑)! こちらこそ、また共演させて頂き嬉しいです。取材ですから硬く行かないと!」
大林「この作品でマサ君の良さを世界中の皆さんに知っていただきたいと思っています」
――― 今回初めて本作に加わる杉江優篤。大林はそのストイックさが作品世界に合うと早くから注目していた。
杉江「10年続く作品はなかなか無いですよね。それだけお客様から支持されているということ。日本人として知っておきたい部分や、忘れてはいけないことが深く伝わって、共感していただけているからだと思います。今回初めて参加しますが、僕も大切なことを伝えたいという想いで挑みます」
大林「いつもと全然違う!!(笑) 普段はもっと面白いんです。以前、舞台『私のホストちゃん』という作品で共演させていただいて。稽古場の立ち居振る舞いが若いのにちゃんとしていて大人で、いい意味で凄く昭和感がある。時代作品の人物を演じたら最高に合うと思ったの。場を盛り上げるし自ら進んで行動するところとか、遠慮せずに突き進める武骨さと強さがあって、そこに魅かれました」
杉江が演じる金山役は、実際に特攻隊員になった朝鮮人・光山文博をモデルにしたという難役。
――― 特攻で戦没した日本将兵の数は4000人を超えるが、その中には約20名の朝鮮人も含まれていたことを忘れてはならない。
大林「この役がパッと浮かび、はまると確信しました。出演してくださって本当に嬉しいです」
杉江「台本を読ませていただきましたが、いま参考となる映画や資料を集めている所です。当時生活していた彼にいかに自分を近づけるか……色々なものに触れて、この時代を生きた人間になれるように役を突き詰めていきたいです。日本人として年に1度戦争について考える機会になれば」
大林「今年は9月から公演が始まりますが、やはり夏ごろにやりたかったので嬉しいです」
『泣いて笑って』は演じる上でテーマ
――― 座長としてマザー組をどんなチームにしていこうと心掛けていることは?
大林「今、別作品の稽古に参加していますが、私以外の全メンバーが全員同じ役を経験していて、私ひとり新参者で入っている稽古場なんです。やはり経験していると気持ちに余裕があるし、作品に対しても世界観をよく知っている分、そこに入るのはすごくプレッシャーで。『MOTHER』もずっと1年目からやっているとなかなか気がつかないので、初めて入って来る人の負担をもっと考えてやらなきゃいけないって、今とても感じているところです」
杉江「新しくチームに入ることは大変ですが、入るからには新しい風じゃないですけど、新鮮さを持って行ければと心掛けています。先に入っていたメンバーがどう教えるか、新しいメンバーはどう追いつくか、歩み寄りが大切ですよね」
大林「マサ君と共演してから何本か彼の舞台を観に行っていますが、どの作品でも求心力があってみんなをまとめていてとても尊敬します。自分が何もできてなかったと改めて感じて、もっとちゃんとしなきゃと。公演の度に毎回発見があります。座組の中ではみんなのお母さん役としていようと思うので、過ごしやすい環境を作って場を盛り上げることは意識しています。あとは食べ物の充実とかね(笑)」
杉江「今回の出演者の中で、経験者はどのくらいいらっしゃるのですか?」
大林「10年目なのでまた戻ってきてくれる方もいらっしゃいます。出演者は全部で52人、半分くらい経験者になるのかな。お父さんお母さんを演じる大御所の方々は7年、9年目という方もいらっしゃいます。過去のメンバーを振り返ると現在ドラマや舞台で活躍している方もいらして、巣立っていったメンバーの活躍を見ると嬉しいですね」
――― 初演から変わったこと、変わらないことは?
大林「物語はトメさんの年齢が40〜43歳くらいの間のお話なんですね。その歳より若い年齢ではじめたこの舞台ですが、もうトメさんの年齢を越してしまいました。初演のころは、身長が大きかったのでおばちゃん感がなかったんですけど、年齢とともに出てきたと思います(笑)。あれ、ここはフォローしてくれないの?」
杉江「この作品にとってはいいことですよね!」
大林「(笑)。トメさんが強く見えすぎないように気を付けています」
――― でもトメさんが強くないと彼女の仕事はできなかったかもしれないですね。
大林「そうね、心は絶対強くないとね。本作では9割ほど実際の方のお名前をお借りしています。すぐ泣いちゃうので気持ちが入りすぎないようと思っていて、そこは気丈に振る舞うように稽古から意識しています。トメさんとしてちゃんといないと。実際のトメさんも涙はみせないようにしていたかと思います。『泣いて笑って』は演じる上でテーマですね」
真実を伝えていくことにぶれず覚悟を持ってのぞみたい
――― 演じる上での挑み方は毎年変わることはない。そして他にも個性豊かな出演者が揃った。
大林「ワッキーさん(ペナルティ)はお笑いシーンは基本ありませんが、ちょっと1分くらい和むシーンがあって、そのシーン担当で最初出演してくれました。でも本人から隊員役の希望があり2年目からはずっと隊員役なんです。泣いてはいけない役なのに泣きながら稽古しちゃうくらい真剣に挑んでいるんです。ワッキーさんが好きなシーンになると、私も舞台袖に行って見ています。ワッキーさんにとってもライフワークになっていると思いますね」
――― 金山役の見どころを教えてください。
大林「金山は歌に注目です! 歌のシーンは見どころになります」
杉江「金山が歌うシーンは台本を読んでいるだけでもグッとくるものがありました。僕が読んだだけで心に刺さったものを、舞台ではお客様にしっかり届けられるようにしたいですね」
大林「特攻隊の作品はたくさんあり、それぞれの世界があって伝えたいものがあると思いますが、本人の言葉もお聞きしていて、たぶん一番実話に忠実だと思います。さらに進駐軍についても描くのはおそらく私達だけかもしれません。本当にあった話だということを、私達を通じて知ってもらいたいです」
杉江「この作品に役者として関われることは光栄です。やるからには覚悟と責任を持って役と向き合っていきたいと思うのでそれを受け取っていただき、何かが変わるきっかけになれたら嬉しいです、劇場でお待ちしております」
大林「最近警報やミサイル問題があり、世の中が変わってきていると感じます。観ている人たちの意識がどんどん変わってきていると思うので、真実を伝えていくことにぶれず覚悟を持ってのぞみたいです。もちろん戦争のお話なので、つらいから観たくないという人やご意見は色々あると思いますが、日本の歴史の一つとして、それ以外にも関わった国を含めて、平和のための作品です。とにかく色々な方々に観ていただきたいです。今回は東北地方へもいきます。この想いが伝わればいいなと思っています」
(取材・文:谷中理音/撮影:友澤綾乃)