7月末に中間発表があった26回読売演劇大賞。ここでは上半期の上位5名(団体)が発表されたのだが、その中に俳優・山崎一の名前があった。こまつ座の『父と暮せば』『シャンハイムーン』での演技を評価されたものだという。まだ下半期が残っているのでぬか喜びはできないものの、名だたる名優が選ばれてきた賞だけに、このノミネートだけでも相当価値がある。
――― そんな山崎が劇団を旗揚げした。いや、「劇団」ではなく「劇壇」。名前は「ガルバ」という。劇壇ガルバ。まずはその由来から話を聞いた。
山崎「プロデュース公演よりももう一つ踏み込んだ形で、集団でなにか創れないかと思ったのですが、劇団だとちょっと重すぎると考えていたら、スタッフから「劇壇」という言葉がありますよと。だから僕のアイデアではないんですが(笑)。“演劇に関わる人々による能動的な繋がり”――この曖昧な感じがいいなあと思いまして。
「ガルバ」はもともとはヒラニア・ガルバというインドの神話に出てくる言葉です。創造神である“ブラフマン”を生み出した存在で、別名「黄金の胎児」「宇宙の卵」とも訳されます。本当はブラフマンにしたかったんだけど、ロックバンドで同じ名前があるからね」
――― インド神話とは何とも壮大な話。聞いているうちに山崎の表情がちょっと神々しく見えてきた。スケールはともあれこの名前からは出発点のイメージが伝わってくる。事実、第一弾となる公演では初の演出も手がけるという。
山崎「正直いうと、昨年還暦を迎え、スタッフからなにか記念企画をやりませんかと水を向けられました。それなら芝居をやりたいです、ということで進めていたら演出もどうですか?という話になって……さすがに少し考えました。還暦と言えば世間一般なら定年とか引退の年でしょう。でもそこから始めるのも面白いかなと。それに刺激というのも大切だな、とおもって「やります」っていっちゃった(笑)」
――― そうして選んだ作品は別役実の「森から来たカーニバル」だった。
山崎「自分が演出するなら別役さんをやりたいとおもいました。僕は別役さんが大好きなんですよ。それなのに作品に出たことは2作しかないんです。いろいろありますが、後期の会話劇が大好きです。これらの作品は別役流喜劇なんですね。別役実というと日本の不条理劇の父とされていますが、不条理とナンセンス・コメディは紙一重だという事も僕に別役さんが教えてくれたんです。ほんとうに訳のわからない不思議な会話を延々と書けるのは素晴らしいしそれが魅力ですね」
―――そしてもう一つ話題となるべき出来事がある。それがベテラン女優、高橋惠子が参加することだろう。
山崎「この作品の最後に、女9という役柄で出てくる役者のある台詞。それが僕はとても好きなんです。別役さんの台詞はお仕着せではなく、人生を感じさせる何かがありますが、実はそのセリフを惠子さんに言ってもらいたくて、オファーしました」
―――このエピソードだけでも山崎が別役の作品にどれだけ入れ込んでいるかが伝わってくる。だからこそお気に入りの名台詞をこれぞと思う信頼できる俳優に任せたい気持ちもよくわかる。
高橋「山崎さんとはコクーンでやったケラさんの舞台でご一緒したのがきっかけで知り合いました。そこでご一緒して、役者としての山崎さんが芝居に対してとても誠実な方だと思ったんです。それに喜劇っておかしみと哀しみが混じり合っている部分がありますが、それを凄く感じさせてくれて素敵な方だと思います。
それで今回還暦を記念して演出もおやりになるという話ということだったので、もう内容も確認しないまま「ぜひ」って。これは私の直感ですが、絶対参加したいと思って」
―――まさに直感同士が引き合って起きたエピソードだが、高橋自身は別役作品への参加は初めてだという。
高橋「若い頃に紀伊國屋劇場とかで見たことはありますね。演じるのは初めてですが、ケラさんの作品にもそういった要素は多いんです。これからがとても楽しみです」
―――高橋は笑顔でそう語る。それにしても劇場は客席数200にも満たない駅前劇場。彼女がここの舞台に立つというだけでちょっとした“事件”だろう。
高橋「小さなところです、とは聞いてましたけど具体的には聞いてなかったです(笑)。きっと楽屋もみんな一緒でしょ(笑)」
―――そう屈託無く笑う高橋の笑顔はものすごく可愛らしい。さて、さらにインタビューには同席していなかったが、音楽には楽器の演奏など音楽的なパフォーマンスを盛り込んだ劇団、時々自動を主宰する朝比奈尚行が担当するのも興味深い。
山崎「朝比奈さんも最初にケラさんの作品で出会いまして何度かご一緒して、その後に蜷川さんの舞台でも一緒になったことがあります。ケラさんの『どん底』では共演もしたんですが、めちゃくちゃ面白いんです。いつか一緒にやろうねと話していました。」
―――そしてメンバーも多彩だ。劇団☆新幹線の高田聖子や、蜷川幸雄の舞台の常連である大石継太といったベテランから、オーディションでやってきた若い俳優まで。とても幅広いメンバーが参加している。
山崎「いろいろな世代を集めたかったんです。オーディションで来てくれた一番若いメンバーは20代前半。早稲田の学生劇団にいる人もいます」
―――インタビューの現場には山崎や高橋とも親交が深いケラが率いるナイロン100℃の安澤千草と皆戸麻衣のほか、木津誠之、森谷ふみ、久保貫太郎、中村明日香、長南洸生も集まってくれた。話を聞くと誰もが山崎への信頼と『ここに参加することでなにかが始まる』といった期待を口にしている。そんなメンバーの熱気はきっと良質な舞台を作り上げて行くに違いない。そういえば山崎は劇壇の名前に込めた思いを、こうも語っていた。
山崎「創造する、という意味合いを入れたかったんです。「創造」は生きるための活力になりますからね」
――― 今や名優のひとりとして高い評価を受ける山崎。しかし創造への意欲は全く衰えることがないようだ。駅前劇場の舞台に詰め込まれた創造の卵は、きっと際限なく膨れあがって行くに違いない。
(取材・文&撮影:渡部晋也)