「あまり語られることのなかった視点から、いま私たちの社会が抱える課題を探りたい」、「演劇で発達障害と療育について考えるキッカケを作りたい」その想いから『わたしの、領分』が生まれた。2015年に初演、そして2017年の再演ではクラウドファンディングにて多数の協力が寄せられ2018年10月に再再演を実施する。
“生きづらさ”をテーマに多くの人間達が抱える迷いや悩みに寄り添い、いつの間にか「触れて、知って、考える」物語を福永マリカと五十嵐啓輔が夫婦役で紡いでいく。
演じる方の個性が出る作品
――― この物語を書こうと思ったきっかけを教えてください。
松澤「長い付き合いの知人に心理士がおりまして、発達障害についてはメディアで取り上げられることがありますが、面談する心理士についてはあまり語られていなくて、心理士のサイドから発達障害というものを見た時に何が見えてくるのだろう、という所から始まりました。初演から上演を重ね、今は僕の代表作になっています」
――― 上演を重ねることで発見があったのでは?
松澤「初演から台本はほぼ変えておりません。稽古では、演出のほかに時間をとって、発達障害児や心理士に関する専門知識のある人にレクチャーをしてもらいますが、演じる方の個性が出る作品なので同じ事は通用しないんです。実際に試して空気感を作っていく稽古を重ねています。演者が変わることは毎回新鮮ですね」
テーマは“生きづらさ”
――― 物語では、障害のある子どもとその親を面談する心理士の姿が描かれる。若き心理士・萩野は、発達障害児の親たちとの間で悩み葛藤しながらも目の前の人と向き合っていたが、子どもを作ることについて夫とすれ違ってしまう。しかしある事件が起こり、萩野は自分の心と対峙することに……。
発達障害については最近ドラマやニュースなどでよく耳にするようになった。福永と五十嵐は以前から自然に受け入れていたようだ。
五十嵐「小学校の時に特別学級というクラスがあって一緒に遊んだ記憶がありますが、それから最近まで発達障害について深く考えてはいませんでした。子供の頃は何故一人だけクラスが違うのかな?くらいの認識で遊んだりみんなで下校していて普通に接していたんです」
福永「私自身『生きづらい』と思うことが多々あったので、発達障害が自分から遠いこととは考えていなくて。その度に“誰かそれに理由や名前を付けてくれないかな”と、調べていたことがありました。でも、自分の問題は名前が付くことでは何の解決にもならない。何が甘えで何が甘えでないのか、ずっと考えていたことでもあるので台本を読んで身近に感じています。」
松澤「テーマは“生きづらさ”であって、発達障害の問題を描きたい訳ではないんです。出てくるキャラクターは僕にとってみんな普通で、どこか生きづらさを抱えています。あまり難しくとらえず、作り手もお客様も当事者として描きたいと思っています。
何かしら生きづらいと思わない人はないと思うんです。タイトルに『わたしの、領分』と付けていますが、観たお客様が“わたし”の日常に続いていくんだと思えるような作品作りを目指しています。みなさんが“わたし”になって観て欲しいですね」
すごく器が広くて優しい物語
――― 脚本を読んだ印象は?
福永「私は読んですぐにくれはさんに電話をしてしまいました。他人事に思えなくて『この生きづらさわかります!』と(笑)“あいまいさを許容する”とキャッチコピーがありますが、問題と向き合うというよりは、携えて生きていく……受け入れて共に生きていく物語と感じて、すごく器が広くて優しい。私はとても安心しました。お話では色々な問題には直面しますが、最終的にはありがとう!と、そんな気持ちになりました」
松澤「台本を読んで優しいと言われたのは初めてで、すごく嬉しかったことを覚えていますね」
五十嵐「僕は福永さん演じる萩野の夫を演じます。子供を欲しがっている旦那です。男は支える事はできますが女性を完全に理解してあげることはできないんだなって思いました。子供を身ごもるとはどういうことなんだろう。台本を読んだあとに大きく深呼吸しましたね」
――― 男性と女性では感じ方が違う作品になりそうですね。
松澤「そうですね、そこは2人の役を通して大きく描いていますね。会話をしているのに分かり合えない。分かり合おうとしているから分かり合えないという構図です。
五十嵐さんは他のキャストとは関わらない特殊なポジションで、福永さん演じる萩野に寄り添う夫役をどう演じてくれるのか楽しみですね」
福永「萩野は生きることにつまずき悩んでいる女性。センターに通う子どもたちや親と向き合おうとしますが、その子が何を考えているのか寄り添うことは完全には不可能で、わかろうとすることがかえって傷つけてしまうこともあって難しいですよね。自分が生きていく意味を見つけて、生きづらさを解消していきたいと思っているはずなのに、人の事をわかりたいと思うことによってそれをまた失うその繰り返しをしている」
松澤「人を支えようとする想いは時としてエゴにもなる諸刃の剣。僕は今まで“あなたとわたし”という関係性を一環して描いてきました。諦めたら生きていけない距離感だからこそ、分かり合えないけれど諦めない。主人公の視点に立って追体験していけるようなお芝居を届けたいですね」
――― 2人の魅力や楽しみにしていることは?
松澤「今回新しいお客様にも観て欲しくてキャストは一新しています。マリカさんには5月に別の作品で主演をやっていただきましたが、今回の萩野役をマリカさんが演じたらどうなるのか、まず僕が見たくなりました。一度マリカさんを想定して台本を読んでみたのですが、台本を書いた時に想定したイメージではないのにしっくりきて、それが面白いと思ったんです。脚本を変えない分、新しいものが生まれるのではないかと。五十嵐さんはエンタメ系の作品に多数出演されているイメージですが、普段は物静かでストレートプレイが似合うと思いました。いるだけで成立する存在感が素敵ですよね。
再演だからこそ、初演の演出をなぞりたくない。いかに稽古場でアップデートできるかを考えてやっています」
観るというより感じてほしい
松澤「2人の不器用さや不完全さに注目してほしいですね。マリカさんは、セリフがない部分の表情や立ち居振る舞いに注目です。そして本作には音楽がなく、水の音が流れています。胎児に戻るような、不思議な90分になると思います。水中にたゆたう感覚を、マリカさんを通して感じてもらいたいです」
福永「体感することで色んな考えや感じ方を試せると思うので、この作品に参加できて嬉しいです。私も私自身と向き合うことになると思うので、この作品が終った時にどう自分が変わるのか楽しみです」
五十嵐「知り合いの役者がくれはさんの作品に出演していて何度か観る機会がありましたが、あいつにこんな素敵な一面があったんだと驚かされて衝撃を受けたんです。お客様にもそれを感じてもらいたいですね。いままで作品の中に五十嵐啓輔はいらないと思っていましたが、初めて五十嵐でもいいのでは?と思えた作品です。演じたことがない役になるのでびっくりすると思います。くれはさんとやることで新たな一面をお見せできたら。
先ほどの“たゆたう、胎児”の表現がすごくしっくり来て、台本を読んだ時に感じた感覚はそれかと腑に落ちました。福永さんが優しいと表現していたのもここに繋がるのかな。観るというより感じる作品。初めての事が多いと思うので楽しみです」
――― ちなみに夫婦役は初めてですか?
福永「初めてです!」
五十嵐「僕も初めてですね」
福永・五十嵐「よろしくお願いします!」(笑)
松澤「身構えたり観るのに覚悟がいる作品ではなく、優しい物語です。家族や仕事場、クラスメイトや友達、人との関わりに悩んでいる事がある人にぜひ観て欲しいです。上演時間があなたの人生としてかけがえのない時間になったらいいなと思っています、お待ちしております」
(取材・文&撮影:谷中理音)