京都で7年目のロングランを続けている舞台「ギア」。すでに総動員数19万人を越えたという驚異の舞台が“イースト・ヴァージョン”として首都圏進出を果たしてから1年が経った。セリフに頼らない“ノンバーバル”という演出手法や最先端のテクノロジーを駆使したステージングが聴衆に驚きと感動を与えている。
――― 東京を中心として全国各都市で日々演劇、ダンス、バレエなど様々な舞台の幕が開いている日本。その数と言ったら芸能の聖地、ブロードウェイやウエストエンドに引けを取らないといってもいいだろう。その中でもひときわユニークな舞台が京都でロングランを続けているのをご存知だろうか。
タイトルは「ギア-GEAR-」。荒廃した未来社会に残された古い工場で、ひたすら働き続けるロボロイド(人間型ロボット)達と、突然そこに現れたドールとの交流を描いた物語だが、全編を通して全く台詞を使わない“ノンバーバル”という演出手法を用いた作品なのだ。さらに面白いのは出演者が5人だけ。しかもロボロイド役の4人はそれぞれマイム、ジャグリング、マジック、ブレイクダンスを極めたパフォーマーが演じることだ。ジャグリングやマイム、サーカスの要素を組み込んだ舞台といえばシルク・ドゥ・ソレイユや31年シーズンに日本で上演される「ピピン」を思い出すが、あそこまで大がかりではなくシンプルなユニットで圧巻のパフォーミングを魅せるのが「ギア-GEAR-」の醍醐味だろう。
ユニークなのはそこだけではない。舞台は工場をそのまま移築したように作られるが、プロジェクションマッピングや様々な照明効果を駆使することで様々に姿を変えていく。まさに新世代の舞台作品であり、一方でこれからの舞台表現の実験室ともいえる先鋭的な作品に仕上がっている。
そんな「ギア-GEAR-」は2012年に京都の客席数100の小さな劇場で幕を開けてから現在までロングランを継続中。しかも既に19万人を越える観客を動員しているという作品に成長しているが、昨年12月には満を持して首都圏に進出。千葉市のポートシアターで公演を重ね、12月22日には1周年を迎えた。East Versionとサブタイトルがついたこちらの舞台では、内容は京都版とほぼ同じだがEast Versionオリジナルキャストとしてマイムが3名、ジャグリングが5名、マジックが3名、ブレイクダンスが3名参加している。そして紅一点となるドール役には、でんぱ組.incの藤咲彩音、舞台女優として活躍する⻲井理那、パフォーマンスガールズユニット 9nine の村田寛奈、私立恵比寿中学の安本彩花が交代で参加する。つまり理論的には540もの組み合わせによる配役が可能になるわけで、この点でも今までに無いスタイルだといえる。
――― 今回話を聞いたのはドール役のひとり、⻲井理那。他の3人がアイドルユニットで活躍する中で、あくまでも役者として舞台表現に取り組む亀井は異色の存在だといえるが、一方でこの「ギア-GEAR-」自身、これまで彼女が関わってきた舞台とは相当に毛色が違っていたはずだ。
「ノンバーバル、つまり言葉を使わない舞台というのは、役者を始めてから初めての体験です。稽古を通して、そして本番でも実感していますが、セリフではなく身体の表現で伝えるのがどれだけ難しいかを思い知りました。(セリフ無しで)伝えたいという気持ちが先走ってしまい、先輩(京都でのキャスト)に「着ぐるみみたいだね」と言われたこともあります。動きだけに気がいってしまって、心が見えなくなってしまうんです。もちろんセリフも大事ですが、今まで自分がどれだけセリフに頼っていたのかなと思い、とても勉強になりました。京都の先輩キャストの皆さんは、もう長いことステージを重ねているので私はそこから盗んでいくことを心がけました」
――― そもそもドール役を含めた全キャストは、East Versionのためにオーディションで選出されたという。亀井もそこに参加してこの役を勝ち取ったわけだ。
「(オーディションを)受けることになったときに、プロデューサーさんからは「ギア-GEAR-」をまず観てから(受けるかどうかを)決めてくださいといわれたんです。その舞台の世界観があわないといけないからと。そこで京都へ出かけていって拝見したのですが、もうその時に絶対出たいと思って(笑)」
――― そして合格。ドール役は4人の男性キャストに囲まれるいわばお姫様のような役柄。しかも人形という設定から「コッペリア」などのバレエ作品が背景に見え隠れしている。
「でも私、結構背が高いんです。オーディションでもそこが気になっていました。さらに役柄としてバレエの要素も必要なんです。ところが私ったらオーディションでバリバリのヒップホップを踊っちゃって(笑)。バレエはこれから習って絶対上手になりますって言いました(笑)。だから受かったと聞いたときは信じられなかったですね。バレエですか? もちろん急いで基礎から習い始めました」
――― 確かに実際に目前にしてみると結構背が高い。しかし舞台では周りのキャストとのバランスか、それほど大柄には見えない。
「毎回キャストの組み合わせが変わるんです。5人の中でしばらく同じ組み合わせであることもあるし、ずーっと会わないこともあります。だから時々私が一番大柄だったりすることもあって……白雪姫状態というらしいですが(笑)。しかも大柄だから今までの舞台でもあまり可愛らしい女の子をしてこなかったんですが、ドールは「お人形さん=可愛い役どころ」ですよね。よく稽古の時も「亀ちゃん、ドールってな、もっと可愛い子やねん」って言われて。京都のキャストさんを凄く研究して今の形になりました」
――― そして紹介したとおりドール役は全部で4人だがEast Versionの開幕当初は藤咲と二人で舞台を務めていたそうだ。さぞかし大変だったことが想像できる。
「12月22日が初日で、その日は藤咲さんでした。私は3日後から登板したのですが、もう最初の頃は怒濤の日々でしたね。そのころは京都キャストの皆さんも何度か来ていただいたんですが、今年に入ってからはこちらのキャストだけになっていって、自分たちで積み上げていくことになったものだから必死でした。よくキャスト同士で「こんなに1年は早かったっけ?」って話すんですよ。その頃の動画を観るとものすごく下手で(笑)自分でも気持ち悪いと思います。でも今は1年経ってキャスト同士の信頼も高まっていって、ドンドン良くなっているという事を実感しています。京都はもう何年も続けていますから、それを追いつけ追い越せといった気持ちですね。それと役者としてこの舞台の1年目を迎えられることは幸せなことだと思います。普通なら1週間とか10日間で終わってしまうでしょ。だから1年続けているのは偉大で凄いことだと改めて思いました。だからこれからもなんとか続けていきたいですね」
――― 工場を去ってしまった人間から与えられた仕事を黙々と続けるロボロイド達。そこに突然現れたドールと共に戯れることでロボロイド達にも変化が現れる。楽しげに時を過ごす彼らだが、そんな時間は地響きと共に終わり、そして……。ここから先は劇場で体験していただきたいが、この舞台を通して亀井が観客に伝えたいものは何なのか、それを最後に訊いてみた。
「ドールは、最初は純粋無垢なのですが、そこからロボロイド達と関わり遊んでいくことでどんどん成長していきます。その上で結末へと進んでいくんですが、そんなやりとりを通して、人間同士の「繋がり」は、決して当たり前に在ることではない、ということを感じたんです。現実の世界ではしきりにいじめとか家庭内の断絶が起きていますが、そのきっかけは一時の感情だったりしますよね。でもそのくらい簡単に崩れてしまう脆いものなんです。逆にいえば、その脆いものを大切に護ることこそ究極の愛の形なのではないでしょうか。だから、この舞台をみて家に帰られたら、ちょっと家族に優しくしてみようかな。とか、しばらく帰省していないから顔を出してみようかな。そんなことを思ってもらえたら嬉しいですね」
――― 超絶パフォーマンスに最新鋭の舞台効果が看板の「ギア-GEAR-」だが、めくるめく華麗なシーンの底には心に留め置きたいメッセージが沈んでいる。それを探すつもりで、動き続ける廃工場に出かけてみてはいかがだろう。きっとドールやロボロイド達がとびきりの笑顔で迎えてくれるはずだ。
(取材・文&撮影:渡部晋也)