20世紀を代表するフランスの哲学者、J.P.サルトルの代表的戯曲『出口なし』。密室空間に閉じ込められた素性の知れない3人の男女によるスリリングな会話劇をKAAT神奈川芸術劇場監督、白井晃の演出により、身体的表現と言葉を組み合わせた新たな切り口として描き出す。
演ずるは世界的振付家の作品に多数出演するなど、海外でも活躍。近年は俳優としても精力的に活動するダンサー、首藤康之。その首藤のダンス・パートナーであり、振付家としても高い評価を得る中村恩恵。そして名だたる演出家が厚い信頼を寄せる女優・秋山菜津子といった各ジャンルで傑出した3人のパフォーマーだ。密室の“男”を演じる首藤に舞台の見所を語ってもらった。
言葉を生かしながら身体性をいかに表現できるか?
――― 1944年の初演以来、様々な形で上演されてきた本作をダンスと演劇の融合という新たな形で描きます。
「僕が最も影響を受けた振付家の1人、モーリス・ベジャールさんがJ.P.サルトルの『出口なし』をモチーフに創作した『3人のソナタ』という作品を20代の時に観てから、この戯曲をいつか演じてみたいと思っていました。僕は舞踊家ですが、サルトルが紡ぐ1つ1つの言葉に美しさと怖さが共存していて、とても言葉を大切にしたいと思ったんですね。言葉を生かしながら、自分の身体性や舞踊をどう表現するか。それぞれが強い表現方法なので、互いにつぶしあわないようにうまく同居させることができるか?という所からスタートしています。
以前から白井晃さんの演出が好きで、身体性を大切にした演出をされる方だなと思っていました。2014年に僕が続けてきた『DEDICATED』シリーズを白井さんに演出をお願いして、共に創作をおこなう中で、“舞踊とは?言葉とは?演劇とは?身体と言葉の融合とは?など、色んな疑問符を持ちながら作業をしてきたのですが、本番が終わった時には新たな領域に一歩足を踏み入れた新鮮な感覚になりました。舞踊家である僕を白井さんが真実を持った言葉の世界へ旅をさせて頂いた結果だと思っています。
今回はずっとご一緒したいと願っていた女優の秋山菜津子さんや、僕の世界観を理解してくださっているダンス・パートナーの中村恩恵さんと共に、白井版『出口なし』という新しい旅に出発できる事を今からワクワクして待っています」
鏡1つ無い密室空間で炙りだされる人間の本質
――― 言葉の応酬である会話劇にノンバーバル(非言語表現)のダンスがどの様に融合されるかが本作の見所でもありますね。
「稽古をしてきて分かったのは、言葉というものは直接的じゃないですか。もちろん1つの言葉にも色んな意味がありますが、人が受け取った時の反応はどうしても限られてくる。一方で舞踊や身体の動きは抽象的なので、人によって受け取り方や感じ方も違ってくる、より自由なものではないかと思うんです。
なので、舞踊によって心情や内面を表して、言葉によって現実や外面を表しているような気がしています。そういった答えや発見が、稽古の中で少しずつ分かってくるので、
毎日がとても楽しいですね。また3人の演者も舞踊や振付、演劇とそれぞれ違う世界の中で、葛藤する部分が違うので、そういう互いの“違い”を融合させながら新たな物を作っている高揚感はあります。
本作の舞台となる“ある部屋”には鏡もなく、人を見ることによって、自分自身というものを映し出さないといけない世界。そこでは人間の本質というものが炙り出されてくるんですね。それが言葉となって相手に突きつけられる訳です。
日常でも初めて会った方といきなり密室で二人きりになって気まずい思いをするって結構あるじゃないですか。特に今は情報社会なので、あまり人の中に深く入って探っていくという行為はしなくなっていますよね。イメージが先行する世の中というか。でも会って話したり、食事をしたり、一緒に行動したりすることによって、その人の新たな側面や方向性や感受性が見えてくる。それが人間の多様性だし、美しいところだと思うのですが、当然綺麗な部分だけではなくて、影の部分というか、醜悪な部分、弱さも紙一重で存在する。そういった部分も合わせて人間の素晴らしい所なんだよという事をこの戯曲を通して伝えられたらと思っています」
言葉は美しくて偉大なもの
――― 近年は俳優としての活動も精力的におこなっていますね。
「これまでストレートプレイ作品を何度かやらせて頂いて、最近は三島由紀夫原作の『豊饒の海』(2018年11月3日〜12月2日紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演/脚本・長田育恵)にも出演させて頂きました。お芝居の世界に身を置くことで、言葉って、なんと美しくて、深くて偉大なものだなと感じるようになりました。それまではずっと舞踊をやってきたので、言葉というのは決め付けだし、表現には限界があるもの。
一方、身体性は宇宙のように無限大だと思っていたのですが、自分も演劇を経験することによって、言葉ってすごく強くて大切なものというのがようやく自分の中で気付きに変わってきたような気がします。バレエ団にいた頃は、トレーニング、レッスン、リハーサルの繰り返しで仕事を楽しむという感覚はなかったのですが、最近はようやく肩の力が抜けて、舞台上で表現することや、お客様、キャスト、スタッフとの出会いを少しずつ楽しめるようになってきています。30年以上、この世界にいますが、やっと楽しみを見つけられてきているので、1つ1つのプロセスを大事にしながらやっていきたいですね」
――― 最後に読者の方にメッセージをお願いします。
「今回はKAAT神奈川芸術劇場の中スタジオということでお客様との距離も近いし、お客様があたかも同じ部屋にいるように感じると思うので、皆さんも、いち出演者としてそこに身を置いているような、“体感型”のエンターテイメントになると思います。
怖い話ですが、舞踊も入っていますし、色んな要素が組み込まれているので、初めてみる人でも楽しめる内容だと言えますね。観た人それぞれで受け取り方や反応は違うと思うので、そんなに難しく考えることはせずに、舞台で出てきた言葉を自分のものにして、少しでも日常に生かしていただけたら嬉しいですね。寒い時期ですが、近くには美しい山下公園や中華街もありますので、お散歩がてら是非、遊びにきて頂けたらと思います」
(取材・文&撮影:小笠原大介)