大西弘記主宰・劇団「TOKYOハンバーグ」の最新作は、1987年の“特別養子縁組制度”設立へ後押しとなった菊田医師による“赤ちゃんあっせん事件”に着想を得て描いた名作『のぞまれず さずかれず あるもの』がリライトされ「東京2012」として再演する。さらに「東京2012」からさかのぼること40年前、事件そのものを記者の目線で描く「宮城1973」を新作として同時上演。この2本を繋ぐ“生命の尊さ”について戦った人間ドラマとは。劇団を代表して主宰の大西弘記、坂井宏充、小林大輔、永田涼香に話を聞いた。
もう一度この題材に向き合いたい
――― 2010年に初演、2016年にはアトリエ公演として再演され、今回は新作を加えて3度目の上演です。
大西「本作は劇作家協会の月いちリーディングに取り上げていただいたことがありまして、これはブラッシュアップを目的とする場です。色々なゲストの方にアドバイスを頂いたりして。やはりリライトする作業は作家としてとても大事なことだなあと。リライトしたら上演したくなりますよね。いつか上演したいと思っていたところ今回この機会を得て、でも同じ事をしていてもつまらないので2本立てに。
『東京2012』は“赤ちゃんあっせん事件”をテーマにその40年後の血のつながらない5人兄弟の物語ですが、40年前の実際の事件の話をやろう!と虚実入り混じって書きました。接点がちょっと面白いですよね。例えると、『ゲゲゲの鬼太郎』と『ゲゲゲの女房』を同時に観るイメージ、そんな感じで上演できたら面白いなと」
――― このタイミングの再演には訳が?
大西「僕も年齢を重ね、周りに子供を授かった方が多くて、坂井君にも生まれて半年のお子さんがいますが、もう一度この題材に向き合いたいという想いが僕の中にありました。リライトは自分がどれだけ力をつけてきたかということでもありますし、成長の方法の一つとして取り入れていきたいと思っています」
“赤ちゃんあっせん事件”とは48年前、故・菊田昇医師が公表したもので、未婚の母などの捨て子や中絶を無くしたいという一心で違法と知りつつも、子供を授かりたくても授かれない信頼できる夫婦に赤ちゃんを託していたという事件だ。10年に渡りおよそ100件、赤ちゃんの命を守るために行った行動は当時新聞のトップ記事として大きく報道され、全国で議論となった。
――― 演じる皆さんはこの事件をご存知でしたか?
永田「2016年再演の時に出演しまして、その時に調べました。この物語の舞台は宮城県石巻市なのですが当時は現地に行くことができず、今回の上演を機にやっと現地へ行くことができました。その場所はもうなくなっていましたが、私の中では前に考えが及ばなかったところまで別の視点から考えることができて、この宮城県石巻市は赤ちゃんあっせん事件の地ですが被災地でもあり、心に残る体験ができたと思っています」
大西「取材の旅としてこの4人で、当時の菊田医師を取材した元・毎日新聞社の記者 藤岡昌雄さんに会いに伺いました。83歳でしたがとてもお元気でしたね」
小林「僕は「宮城1979」に出演し、その藤岡昌雄記者役を演じます。実は再演を観客として観ていまして、新作に参加しますが今度は作り手になるので心境的にも違いますね。僕は藤岡さんについて、大スクープを取った方なので凄くギラギラしたイメージを勝手に思い浮かべていたのですが、全然違う、とても穏やかで拍子抜けするくらい柔らかな感じの方で驚きました。すごく丁寧にお茶を入れていただいたことが印象に残っています。
その所作からも人柄が伝わってきましたし、藤岡さんは手が大きくて、当時はレコーダーも無く、あの手で文字を書かれていたかと思うと感慨深いです。今回舞台のチラシに寄稿していただきまして、手書きのFAXには一文字一文字綺麗に書かれていました。作品にどう繋がるか分かりませんが、藤岡役の役づくりには人間性も参考に細かい所に、気遣いのできる部分を舞台に乗せられたら」
坂井「僕は「東京2012」に出演します。現地で僕はこの物語はフィクションではなくて自分の事の様に思えてきました。話しづらいこともあったと思いますが、藤岡さんはとても謙虚にお話してくださいまして、この体験を再演に生かしていけたら。最近子供が生まれたこともあり、いつもと違う向き合い方ができるのではないかと思っています」
――― 「東京2012」で団員は坂井さんのみですが、坂井さんに期待しているところは?
大西「子供に恵まれるということは、女性はもちろんですが男性にとっても人生が大きく変わることで覚悟が必要です。現実にもその覚悟を抱えた人間がハンバーグのメンバーで一緒にやっていく、その気持ちに対して僕は尊敬していて、“演劇以外の人生経験が演劇でいかに役に立つのか”ということを見せてくれています。再演でハンバーグのメンバーは彼ひとり。みんなを引っ張ってもらえたら」
坂井「5人兄弟の内訳は、長女、長男、次女、次男、三女の構成で、長男役を演じます。彼ら彼女達は“血がつながっていない、さらに事件の当事者だ”ということを物心ついた時から両親から伝えられ、早めに知ってはいきますが、その事について向き合わなければいけないような時期に差し掛かった時のお話です。それぞれ兄弟の想いが描かれます。今回ほとんどの初共演の方になりますがとても素敵な方々ばかりなので、じっくり一緒に作っていけたらと思っています」
現地へ行って拾えるところは拾いたい、会えるなら会いたい
新作『宮城1973』、菊田医師は報道により賛否両論の中でも法の改正を訴え続けた。本作では生前の菊田医師の葛藤を、藤岡記者の目線で舞台化する。そして現在、子供にまつわる事件が多く報道されている。この作品によって考え直すには良い機会も知れない。
永田「菊田医師と一緒にこの問題に向き合っていく実在した看護師役を演じます。先生と一緒に戦って現場に立っていた人ですが彼女自身も何かを抱えていて、彼女の現実とそこに向き合う役なので、私自身も変化していきそうな役だと思っています。女性として人によっては目をふさぎたくなるような内容もあるかもしれませんが、真っ正面からぶつかって行く作品だと思うんです。事実に基づいてしっかり見せる事は役者も背負うということ。私も覚悟して演じ、ステージに立っていきたいです」
――― もしかすると一番強くて信念の女性だったかもしれませんね。
永田「きっとやめていく人もいたと思うんです。でも一緒に戦っていく強い人、色んな想いがあったのではないかと。だからこそ現地へ行って拾えるところは拾いたい、会えるなら会いたいと。疑似体験をしているような感覚で彼女の人生をまっとうしたいです」
小林「藤岡さんが記事にした時はちょうど今の僕と同じ38歳の時だったそうです。それを聞いた瞬間、何か一つ繋がった様な気がして。僕も38歳まで生きてきたものを役にぶつけていけたら」
――― この藤岡記者に菊田医師が告白しためぐりあわせも奇跡ですよね。
大西「記者はそれぞれ担当がありますが、藤岡さんは地元の新聞社にいて「求告・生まれたばかりの赤ちゃんを育ててくれる人望む」と書かれていたものを何気なく発見したそうです」
――それが全国の事件に発展するとは、新聞の影響力を実感します
小林「朝日新聞の記者と毎日新聞の藤岡さんが1973年4月19日に故菊田昇医師に取材をしたのですが、実際に翌日に記事になったのは毎日新聞だったそうで」
大西「当時夕方取材をしてきたことを仙台支社に電話で話したらデスクがこれはすぐに記事した方が良いと。その時すでに赤ちゃんは約100人あっせん済みで、異例なことに東京支社の社会部長から菊田医師に連絡が行き、実名報道の許可を得たそうです。毎日新聞のデスクは藤岡さんに“他社は取材しているのか”と聞きつつ、いち早く記事化に努めたようです」
――新作に出演する2人に期待することは?
大西「大輔と涼香2人共、僕の作品をいくつか一緒にやっていますので、ちょっとしたコミュニケーションで意思の疎通は取れると思っています。共通言語もあるので仕事はやはり速いですよね。遠回りせずに一番大切で難しい道を歩むことができる。涼香は24歳で若いですが、3年くらい育ててきてどこに出しても恥ずかしくない手前味噌ですけど、小劇場の同年代の女優には負けない実力はあると思っています。これから本当に楽しみな女優です。
小林は出会って3年ですが、僕と出会う前から“俳優として何をするべきか”ということをわかって挑むのですごく信頼しています。もっとしんどい役を与えて今まで見たことがないと言われる役を挑戦させたい。そしてこの作品で彼を注目の存在にしたいですね。新作では藤岡記者の視点で描かれ、それが観る人の視点になっていくので、記者目線という部分ではそこが見どころであり、その意味合いではとても重要な役になってくると思います」
事件のドキュメンタリーではなく、そこに生きる人物を見て欲しい
大西「主演が菊田医師で彼の話を書くのであれば、菊田物語になってしまう。それは僕の仕事ではないと思っているので違う視点で描こうとしたとき藤岡さんという存在を知ったので、この視点で書く以外にないと思いました。再演、新作、両方続けて観て欲しいです。続篇という作りではありませんが、リンクしている部分はあるので両方観ると気がつくこともあると思います。チラシにも2本立てに対する僕の想いも書かれているのでチェックしていただければと思います。
生まれる、生きる、死ぬ、普遍的なことですよね。そういう物を感覚として体感、実感できる作品です。色々な想いを持って帰れる、それがハンバーグの見どころです」
永田「高校生割引もあるので若い世代にもぜひ観て欲しいですね」
坂井「ぜひたくさんの人に来ていただきたいです。生きていることはどういうことなのか、そんなことをしっかり感じてもらえるように頑張ります」
小林「今まで生きていたことをさらけ出してやらないと伝わらないと思っています。僕の年代だと不妊治療をしている方が多いんです。この作品を観た時にどう思うか正直とても不安ではあります。その中で僕たちはひたすらに向き合ってやるだけで、そこから何を感じてくれるか気になる所です。精一杯挑みます」
大西「この2つの作品は、赤ちゃんあっせん事件があった上でのお話ですが、僕は赤ちゃんあっせん事件を書いたのではなくて、事件に携わった人たちが何を見ていたのか、何について悲しみ苦しんだのか、そして何に喜びを覚え、何に幸せを感じたのか……その人間ドラマを書いています。事件のドキュメンタリーではなく、そこに生きる人物を見て欲しいです」
(取材・文&撮影:谷中理音)