温泉ドラゴンの新作『渡りきらぬ橋』は、明治後半から昭和初期に活躍した日本初の女流劇作家・長谷川時雨の半生を描く作品。2017年から劇団に加わった原田ゆうの脚本を、外部作品での評価も高いシライケイタが演出する。長谷川は現代以上に男性中心の社会だった当時において、女性による女性のための雑誌『女人芸術』を刊行するなど、女性の地位向上に尽力した人物。すべての登場人物を男性俳優が演じるという意欲的な試みにも注目したい本作について、シライと原田の二人に聞いた。
俳優は一人の作家の言葉だけでなく、いろんな言葉を喋るべき
――― 原田さんが温泉ドラゴンに書く作品としては3本目になるのですね。
原田「はい。それ以前から、年に1回くらい自主公演で劇作はやっていました。温泉ドラゴンに書くときも、自主公演との違いを意識することは特にありません。3人の男性俳優に良い役が当たるようにとは考えますけど……」
シライ「そもそも当て書きじゃないからね」
原田「そうですね。こういうことを書いてみたい、というところから始めるのは以前と変わっていないと思います」
――― 温泉ドラゴンに原田さんを迎えたときのインタビューで、シライさんが「僕らも変わらなければいけない」と話しているのを読みました。何か危機感のようなものがあったのですか?
シライ「温泉ドラゴンは僕が自分の脚本を演出するために作った劇団というわけじゃないし、そもそも脚本家も演出家も僕しかいないということに違和感がありました。小劇団って、作・演出家が主宰者ということが多いですよね。そして僕らも世の中からはそう見られていたんです。僕が脚本も演出もやっていたから。それはあまりいいことじゃないと思ったというのがまず1つ。あと俳優たちにとっても、一人の作家の言葉だけじゃなく、もっといろんな言葉を喋るべきだし、僕が一人で書き続けるのもなかなか厳しくなっていたのもあって、そういうタイミングで原田と出会ったから誘ったんです」
――― 今回、長谷川時雨という人物を取り上げることにしたきっかけは?
原田「この『渡りきらぬ橋』は日本劇作家協会プログラムの参加作品なんですけど、募集していた題材の1つに女性劇作家というのがあったんです。もともと女性の劇作家には興味があったので、日本で初めての女性劇作家は誰なんだろうって調べてみたら、長谷川時雨さんがいたんです」
――― 昨年の第11回公演『嗚呼、萬朝報!』(作:原田ゆう、演出:シライケイタ)も明治時代の物語でしたが、あの時代にも興味があった?
原田「もともとそうだったわけではなく、『嗚呼、萬朝報!』をやって明治時代のことにかなり興味を持つようになりました。それで、『萬朝報』で描いた黒岩涙香という人のお墓が鶴見の総持寺にあるんですけど、なんと長谷川時雨さんのお墓も同じ総持寺にあるんです。それを発見したときに、長谷川さんに“私のことも書きなよ”って言われたような気がして(笑)」
シライ「それは知らなかった(笑)」
原田「それで盛り上がってしまったのもあるし、長谷川さんの文章もかなり語り口が面白くて、そういうところも書くきっかけになっています」
女性が抑圧された時代を男性が演じることで透けてくるもの
――― シライさんは、原田さんからこの題材が出てきてどう思いましたか?
シライ「面白そうだなと思いましたけど、登場人物がほとんど女性で、これはどうしたものかなと。僕らは男ばかりの劇団なので、最初にそう思いました。最終的には全員男で行くことに決めたんですけど」
――― 過去の公演では女性キャストも迎えていますが、今回はその選択肢はなかったのですか?
シライ「そんなことはないんですけど、僕の中ではそれはあまり面白くないなと。もちろん劇団員みんなで話し合って、女優さんを呼びたいという意見も出ました。ただ、最初のプロットでは女性の役が9人あって、僕ら数人の男で9人の女優さんに気を使う稽古場ってどうなんだよって(笑)。
これが別にうちの劇団じゃなくて、例えばプロデュース公演とか別の形だったらそれでもいいけど……というようなところから、全員男性でやってみたいんだけどって提案したら、みんなが面白がってくれたんです。それに、まだまだ女性の権利が抑圧されていた時代の話を男性だけで演じることで、何か透けて見えてくるものがあるんじゃないかなと」
――― 全員男性が演じるというところで思い浮かべたモデルのようなものはありましたか?
シライ「シェイクスピアとか歌舞伎とかは浮かびましたけど、僕らは古典の俳優ではないし、そのスキルも全くない。現代劇の俳優がこういうことに挑戦するとどうなるんだろうという興味の方が先にありました。女形をやったことがある人間もいないので、どういうふうになるのかは僕もちょっとわからないです(笑)」
――― 先ほど触れたインタビューで、原田さんは「女性を書いた方が台詞がどんどん出てくる」と話していました。
原田「そうですね。今回は、この台詞を男の人が言うのかと思うと、ちょっとどうなるんだろうっていう(笑)、楽しみはむちゃくちゃあります」
――― 男性が演じるということを意識して書くわけではなく……
原田「はい。女の人だと思って書いています」
――― 長谷川時雨の半生を題材に、物語としてはどう描いていこうと?
原田「恋愛関係や夫婦関係など、対男性というところを軸にして、そこから当時の社会状況に繋げていく書き方をしています。この作品に関わるようになってからは、芝居を観るときも女性の扱われ方が気になったりして、新しい視点が生まれたように感じています」
繊細な内容をどうやってダイナミックな舞台にできるか
――― キャスト14人というのは過去最多ですね。
シライ「一度に出てくるわけじゃなく、時代が流れていくので」
原田「20年くらいの年月にわたる話なんです」
シライ「今回は会場のキャパシティも大きいので、いい俳優さんにたくさん集まってもらいたいなと思って、劇団員のみんなにも一緒にやりたい人を聞いたりしながら、役柄のイメージに合う人に声をかけさせていただきました。ただ、実際の役柄を決めるのは台本が上がってからです」(※取材が行われたのは4月初旬)
――― 女性役と男性役の振り分けも?
シライ「はい。温泉ドラゴンの3人も、女役か男役かを最初から決めているわけではありません」
――― 会場の話が出ましたが、座・高円寺1で上演することについて思うことは?
シライ「空間の大きさをどうしようかなっていうのは考えてますね。やっぱり小劇場とは違うアプローチをしていかないと難しいだろうなと。特に、あの横長の舞台をうまく使っているのはあまり見たことがないので、ちょっと何かやりたいなという感じはあります」
原田「僕も、普段よりは舞台の設定を広く、大きくというのは意識して書いています」
シライ「きっと原田のことだから、内容は繊細なものを書いてくると思うので、その繊細なものをどうダイナミックな舞台にできるかというのはポイントになるでしょうね。あと先ほども言ったように女形でも何でもない俳優たちが集まって女役をやるということで、稽古場で作品を作っていく時間がそうとう楽しくなるんじゃないかと思うんです。もちろん、出来上がったもののクオリティを高くするという目標は持ちながら、そこまでの過程をいかに有意義に充実した時間にするかと考えたとき、絶対に男でやりたいと僕は思ったので、とにかくこの創作現場を楽しくてポジティブなものにしたいですね」
――― そのポジティブな空気は作品にも現れるでしょうね。
シライ「もともと僕の演出と原田の脚本は全然違う色を持っていて、たぶん普通に演劇界に生きていたら、あまり交わらないタイプの作風だと思うんです。でも僕は俳優として原田作品に出たことで出会って、こういう言葉を喋るのも俳優として意味があると思ったし、演出家としても、僕が自分で書いたものや自分の食指が動く作家の作品だけじゃなくて、あえて、実は全然違うんじゃないかっていうものをやっていくということが、お互いにとっても良い経験になるんじゃないかと思ったのが、原田を誘った本当の大きなきっかけなんです。だから、僕は原田作品を演出するときはいつも迷うし、つまづくし、わからないときは質問もする。ここはよくわからないんだけど、ちゃんと書けてるの?って」
原田「(笑)」
シライ「それで“書けてます”と返ってきたら、よし信じようってなるし、“僕もちょっとわからなくて……”となると、じゃあ書き換えようって。たぶん、そういうのってなかなかないやり方だと思うし、とても意味のある作業なんじゃないかなと思ってやっています」
原田「シライさんの表現や演出、演技には強さというものがあるなと思うんです。それはシライさんに演出してもらったり、自分の作品に出てもらったりする中で、僕にはないものだと感じたので、そこに僕はとても面白さを感じています」
(取材・文&撮影:西本 勲)