演劇作品の製作・プロデュースをおこなう「オフィス上の空」が贈る最新作は、演劇ユニット「火遊び」代表の松澤くれはが16年に上演した『トルツメの蜃気楼』に新エピソードを加えて再演する。アイドルという夢を求め上京したアヤと、高校の同級生で、校閲者という仕事からアイドル活動に巻き込まれることとなったユリ。夢破れし者達の奇しくも交差する運命とその後の人生を描く青春ストーリーだ。「アイドルと校閲という全く接点のない2つの仕事がなぜ1つの作品に入っているか注目して欲しい」と語る松澤と、W主演の関谷真由、高橋明日香の3名に本作への意気込みを語ってもらった。
3年分の心境の変化も入ってほぼ新作に
――― 3年ぶりの再演となりますが、かなり内容も刷新されていると聞きます。
松澤「初演では自分の劇団でのギャラリー公演ということもあり、劇場を想定していなかった作品ですが、今回オフィス上の空さんからお話を頂いて、改めて何をやりたいかと思ったときに、この演目をやりたいと思いました。そこで劇場用に書き直して、主演の2人のエピソードをもう少し掘り下げていこうと書き始めたら、今度は色んなことが気になり始めて、何度も直すうちに、初演を見た人が同じ作品と思わないほどに生まれ変わっています。3年間の中で僕の創作に対する心境の変化も影響していると思うので、自分としては新作のつもりで挑んでいますね」
決して“何者”かにならなくたっていい
――― 本作では夢に破れた人物が1つのキーワードになっています。これはそういった人達への応援歌なのでしょうか?
松澤「僕はマイノリティの為の青春モノが結構好きでして、熱くなって成功する光の部分だけでない、影の部分も立派な青春物語だと思っています。世の中には、夢を持つことが正義みたいな風潮があるじゃないですか。一方で夢に破れたり、諦めたりすることは負けみたいな見方があって、すごく矛盾していると思うんですね。その違和感がスタート地点になっています。
負けた人達を応援するというよりも、負けを押し付けてくる人達に言いたいと思っていて、『何者になれ!』と言ってくる社会に対してポジティブなノーを出したいなと。そもそも何者になる必要はないと思っています。夢に破れようが諦めようが人生は続いていくわけじゃないですか。アイドルの夢が叶わなかった女の子の人生がその後どうなっていくか。これからの生き方に思いを馳せる物語にしようと思いました」
台詞が痛いほどグサグサ刺さる
――― アイドルを夢見て上京するも、夢破れて消えていったアヤを高橋明日香さん、校閲者から突然アイドルをはじめることになったユリを関谷真由さんが演じます。共にアイドルとしての活動経験もあり、本作によりリアリティを与えていますね。
高橋「今回初めて台本読ませてもらって、すごく難しい役というのが第一印象ですね。アヤという人格もありつつ、ユリの回想の中に描かれる人物でもあるので、演じることは挑戦でもあります。私自身も関谷も数年前までアイドルをしていたので、台詞1つとっても、まるで自分に言われているようにグサグサ刺さるという感覚です(笑)でも現実ってこうだよなーとか、共感できる部分も多いですね。
私は20代後半までアイドルをしていたので、周囲の『いくつまでアイドルやっているの?』という目も感じました。それでも私の事を応援してくれている人はいて、いつ区切りをつけようかと悩むこともあったので、この物語の中のアヤはああこうやって区切りをつけたんだなと感傷にひたって台本を読んでいました」
関谷「本当キツイですよね。台本を読ませてもらって、プロデューサーがアイドルに対して色々言うシーンがあるのですが、その台詞を聞くだけで涙が出てきてしまうぐらい辛いです。売れる保証もないし、ゴールがある訳ではないけども、アイドルをやりたいといった思いもすごく共感する部分もあって、やはり胸が苦しくなりますよね。それにユリは校閲者というあまりスポットが当たらない特殊な仕事をしているわけですから、そういった日常の仕事のシーンを違和感なく描けるかも大事になってくると思います」
僕自身が校閲の仕事をしていました
――― タイトルにある「トルツメ」とは、余計な文字を削除した上で、空白を埋める校正の専門用語ですが、この職業を選んだのには理由があるのでしょうか?
松澤「実は僕自身が20代前半の時に校閲者をやっていました。校閲は、いかにして輝くかというアイドルとは正反対で、極力仕事の痕跡を残さないことを求められます。出来て当たり前という感覚です。いい仕事をしても、世の中に本として出るときはその間違えがなかったものとして、読者からも褒められることは決して無いわけですから。一方でその間違えを見逃してしまうと、自分の失敗になるシビアな仕事。縁の下の力持ちの極地だと思っていて、この作品には校閲という日の当たらない仕事にスポットを当てる、仕事モノという側面も持たせてあります」
関谷「私も校閲という仕事については何も知らなかったので、調べれば調べるほど、大変なお仕事だなと実感しています。人の間違いを見つける作業を日々続けるってすごく忍耐強さが求められる仕事だなと。松澤さんが実際に経験してきたことだからこそ、説得力がありますよね。少しでも観ている方にこの仕事の大変さも伝わるように演じたいですね」
役と感情の垣根が解ける瞬間
――― アイドル経験もあるお二人だからこそ出せる苦悩や葛藤など見所もありますね。
松澤「脚本を書くにあたって、取材や見聞きした事を反映していますけども、リアルとリアリティっていつも違うようなと思っていて、リアルなものよりもリアリティがあるものの方がいいなと。現実にありえるかどうかよりも、今その瞬間にこういう事を言ってしまうんだという部分を追求しているので、主人公の感情に寄り添った時に、じゃあ回りはどんな事を言ってくるんだろうという視点を意識して脚本を書いています。確かに『この舞台はリアルだ』とお客さんに言って頂けたら嬉しいですが、それは役者さんがリアリティのある演技をしていたという事。舞台という安心できるフィクションがあった上で、役と役者自身の感情の垣根が“解ける”瞬間が好きで、嘘なのは分かっているけど、本当にそういう状態になっていくのは舞台ならではの贅沢さでもありますよね。
また僕は富山の出身で、周りを立山連峰という高い山脈に囲まれて育ちました。地方では自分は何者かになってやると上昇志向が強くて都会に出て行くタイプと、地元でのんびりやるというタイプに分かれますが、僕は前者のタイプ。主演の2人には立山連峰に感じる閉塞感を表現してもらいたいと思っていて、特にアヤには自分を重ねているところがあると思います」
小劇場シーンを変えていく試み
――― オフィス上の空さんの取り組みについてはどうお考えになっていますか?
松澤「僕も賛同者の1人です。上の空さんの掲げた志に共感して、同じ船に乗せて頂くつもりでお仕事を引き受けさせてもらっていますので、どんどん盛り上がって欲しいです。先陣を切って、小劇場の可能性や、演劇の発表形態など、新しい形を模索している会社。そこに乗る人が増えていって、もはや上の空さんが主導する何かではなく、誰が舵を切っているか、分からなくなった時に、小劇場シーンはもっと盛り上がって面白くなると思ので、すごく期待していますし、僕自身が何か出来る事はないかと常に考えています」
“エモさ”を持ち帰ってください
――― 最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
高橋「富山の高校で共に夢を語り合った2人が大人になってどう変わっていくかが物語の核となります。アヤという役はすごく前向きでパワーがある子。その子が夢を追いかけた結果、どうなるかを見届けに来てもらえたら嬉しいです」
関谷「校閲者という仕事を通しながら、日々直面する出来事に向き合う1人の女の子のユリは私自身も彼女を通じて学ばせてもらっている感覚があります。サブタイトルにあるように、心が折れても人生は続いていくわけです。どうか彼女たちのその後の人生を一緒に体験しにきてもらえたら嬉しいです」
松澤「是非自分の人生って普通でつまらないなと思っている人に観に来て欲しいですね。説教じみた芝居は嫌いなので、こうあるべきという話ではないですが、答えがない事が答えだと思っていて、観た人がそれぞれ何かを感じていただけたら嬉しいです。舞台上で一抹の寂しさを表現したいと思っています。エモいという言葉は、今の若者達が他の既存の言葉に置き換えられない、特別な感情を表現していると思うんですよ。だから寂しさの延長線上にある“エモさ”を表現できたら面白いと思っていて、お客さんが観たあとに、そのエモさを持って帰って欲しいなと。僕は、終演後に初めて、舞台の本番が始まると思っています。是非エモさを受け取りに来てください」
(取材・文&撮影:小笠原大介)