谷碧仁が率いる劇団時間制作の最新作は「才能」をテーマに、グループホーム「長草荘」に住む人々の様々な欲求を描く。錯覚と現実が行き来する物語の中で、ある者は家族を、ある者は能力を、ある者は愛を求める。彼らに希望は訪れるのか? 本番直前の稽古場で話を聞いた。
あの空間に入ってみたい、同じステージに立ちたい、なんとか出られないかと試行錯誤していた
――― 本作で20作目、作・演出の谷さんは様々な人間ドラマを描いてきましたが、今作を描くきっかけは?
谷「もともと両親の関係で障がい者の方と触れることが多く、今まで何度か障害について描いてきましたが、今回もっとちゃんと描こうと思ったのが最初のきっかけです。ただそれだけを描いてお客様に障害とは?と提示するとお説教っぽくなるというか、それは避けたいと思いまして身近なお話を探した時に、僕たち役者は才能や欲、夢を追って、人生のあり方や夢を追うという人生が果たして幸か不幸なのか、その『才能』と障害の方々を織り交ぜて描けたらと。“長草荘”を経営する家族と住民、働いている人の人間ドラマを描きます」
――― 竹石さん、栗生さんは本劇団に初参加とのことですが、時間制作の魅力とは?
栗生「4、5年前に拝見したことがありまして、サラリーマン役で役者を目指しているお話の田名瀬さんがとても印象に残っています」
田名瀬「第8回公演『吐き気がするほどに』だ!」
栗生「ものすごくインパクトがありました。普段観劇であまり泣かないのですが、タオルを持ってくればよかったと思うくらい大号泣した思い出があります。そこで演出家の谷さんが同い歳だとわかってさらに驚いて、今回お話を頂いてすごく嬉しく思っています」
谷「そうなんですね!ありがとうございます」
竹石「僕は『こっちとそっち』という作品を観る機会がありまして、僕も基本的に観劇で泣かないですし、観る才能がなくてすぐ寝ちゃうんです(全員笑)。でも面白ければ全く眠くならない。時間制作さんを拝見した時は全く眠くならず、僕が以前所属していた劇団のメンバーが出演していてその姿を見た時に、羨ましいなって率直に思って。それと同時に、一緒に板の上に立っている方々がほとんど僕と同世代で率直に凄いなと。僕もあの空間に入ってみたい、同じステージに立ちたい、なんとか出られないかと色々試行錯誤していた時にご縁がありお声掛けいただきまして、即決で出ますとお伝えしました」
谷「嬉しいですね!」
――― 劇団メンバーの平岡さんと田名瀬さんはそんなお二人をどうお迎えするのですか?
田名瀬「僕は年下ですし経歴も浅いので、経験豊かなお二人をお迎えするというような偉そうな感じではないです。お二人にはいつも現場を明るくしていただいています」
平岡「ビシビシ指導してくれています」(全員笑)
田名瀬「そんな! してないですよ!(笑)」
平岡「稽古がけっこうハードなので、稽古でない時はコミュニケーションを取ったりしてオンとオフの切り替えをしっかりして、みんなと仲良くいい作品を作れるようにやって行こうと思っていますね」
――― 稽古は厳しいのですね。
竹石「栗生さんもそうだと思いますが、厳しいというよりも充実しているよね」
栗生「そうですね、楽しくてしょうがないです」
健常者は言葉が話せるけれども本音は家族や他人になかなか言えない
グループホーム「長草荘」では、入居者である彼ら、彼女らが架空の家族を組み生活していた。
そこに2つのニュースが舞い込んでくる。
「春の甲子園で地元の高校野球部が10年ぶりのベスト4」
「長草荘を退所した馬場良治による無差別殺人事件」
このニュースにより、長草荘の人々の欲求という悪魔が顔を出す。
――― 役どころについて教えてください。
竹石「僕は長男の長草よしひと役、この施設の家主で僕がこのグループホームを何とかしなくてはいけないなーと思っている立場の人間です。健常者側なのですが、ひょんなことで責任者になり、根は優しい人と思うのですが僕の心の方が健常じゃないと言うか。実は健常者の心が健常ではない人が多いのではないかな?という役どころになりますね」
栗生「私は長草アザミ役で、よしひとの妹で3人兄弟の末っ子です。傍から見たら人生をすごくエンジョイしているように見える派手な29歳の女の子。のびのびしているように見えるのですが、色々なものが手に入る中で欲しい物って何だろうと、いつも何か足りないと思っている今時の女性ですね」
竹石「アザミは共感する方がとても多くいらっしゃるんじゃないかな」
平岡「僕は自閉症を持つ佐藤剛役を演じます」
田名瀬「いま台本で苗字を確認してました」(全員笑)
平岡「意外とシンプルな苗字でした(笑)障害がある役は初めてですね。普段話したいことが話せなかったり、やりたいことがやれないというもどかしさみたいな気持ちが障害を持っている方々にもあると思うんです。それが今回描かれています。役づくりとしては、いまは映像がたくさん検索で出てくるのでたくさん見て動きなど勉強しています。なぜこのタイミングで動いたのか、なぜ興味を持ったのだろうかとか、障害自体が解明されていないことが多くて、人それぞれ違うので役作りに行き詰まったり考えることがたくさんありますね」
田名瀬「僕は長草宗次郎役で、よしひととはいとこの関係です。高校一年の時に甲子園に出場したくて名門校に入るため大阪から上京してきた野球少年。一番若くてフレッシュで台本を読んだ時にかわいいなという印象を受けました。ちゃんと夢に向かう18歳に見えるように、その無邪気さを出せたら」
竹石「いま稽古をしていて一番グッと来たシーンが田名瀬くんと宮原奨伍さん・野村隆一さんのシーンで。もちろん他にもグッとくるシーンはたくさんありありますが、一番いまそこが見どころであり、見ていられないシーンですね」
――― ありがとうございます、ではそれぞれの見どころやおすすめのシーンを教えてください。
栗生「障がい者の皆さんがある手法でどんな感情なのかお客さまにわかるようなシーンがあるのですが、暗めな作品と思いがちですけど、そこを見ていると自分の中ではほっこりするシーンでもあり、『ああ、こんなこと考えているのかもしれない』とわかるので、そこに注目してほしいですね。逆に健常者は言葉が話せるけれども、本音は家族や他人になかなか言えないことがあると思うんです。シーンを抜粋してオススメのシーンをなかなか選べませんが、そこに注目して欲しいなぁと思います」
田名瀬「今回はステージに4つくらい部屋があって、はけずにずっとステージにいます。そのセリフがない時にも生活していて色々やっているので注目して欲しいです。きっと楽しいと思います」
平岡「僕たちが何かを伝えようとして健常者の人たちがそれを受け取ってくれるのか、それを流してしまうのか、そこである手法が登場しますが、そのシーンをどうお客様が受け取ってくれるのか楽しみです。そこが僕の見どころになると思います。劇団としては、舞台セットにかなりこだわりを持っているので、舞台セットも見どころのひとつですね、すごいことになると思いますので期待していてください」
役を通して悪意も善意も後ろの席まで垂れ流れていくようにお手伝いできたら
――― それぞれに期待しているところは?
谷「劇団員とはずっとやってきているので、変に信用しちゃってやれるだろうと思い込むことは今回無くして、いち役者として何ができて何ができないか、何がしたくて何をしたくないかをみて、この作品で役者としての分岐点になるような、細かいことも全部伝えて行こうかなと思う所があります。障がい者と健常者を分けて演出するのではなくて、心のリアクションと言うか物事の捉え方は人それぞれ違うので、障がい者も健常者も関係なく、この人はどう捉えてどう感じて、何を発しようとしているのか、劇団員には強く表現してもらえたらと思っています。
悟朗さんと栗生さんについては、違う所でお芝居を拝見していまして、その時に僕なりに2人の魅力を受け取って、今回稽古でお会いした時に本人が求めている部分を演出家として見極めることが僕なりにできたので、そこをお伝えして一緒にお話して作っていけたらと。
とてもお上手な2人ですが、それだけでは僕は納得しません。それはご本人たちもわかってくださっているのでさらに魅力的になるように、役を通して悪意も善意も後ろの席まで垂れ流れていくように僕がお手伝いできたらと思っているところです」
――― さらにシングルキャスト、A,Bチーム分けWキャストの演出も見どころになりますね。
谷「やはりとらえ方は役者さんそれぞれですし、それを重視したいので、A・Bでよくある『全然違うね』という次元では無いような違いをお見せしたいと。僕がそれをちゃんとできたらA・Bが明らかに空気感から捉え方、同じ脚本なのに伝わり方も変わってくるのかなと。それが一番の魅力になるのかなと思っています。シングルキャストの人は一番大変ですが」
竹石「ぜんぜん貰うものが違い、よくあるWキャストの違いではないんです。それに対してまだ僕がそんなにレスポンスを返し切れていないのでこれから本番に向けてもっと詰めていかなくてはと思っています」
栗生「振り返った時に、あ! 今日は男性だった! 女性だった!とか、男女も違うんです」
竹石「セリフで『彼は、彼女は』が毎回違うからね。なかなかスパルタではあります(笑)」
普通に社会で生きている方にこそ響く作品
――― タイトルの『ほしい』にかけて、この作品を通して皆さんが今「ほしい」と思うことは?
谷「仕事ですね(笑)」
平岡「僕は技術、今苦しんでいるので技術が欲しいです」
田名瀬「劇団専用の稽古場が欲しいです」
全員「それは欲しい!」
田名瀬「各所にあるといいですね。中野、錦糸町とか」
竹石「大劇団だな!」
谷「確かに欲しいかも(笑)」
栗生「私は予算というお金?(笑)ありがたいことに自分が好きなことをやらせていただいているので、お金って大事だなって思います。お金があれば演劇ができるので、周りも幸せにできますよね」
竹石「なるほど。僕はみんな欲しくて、もちろん才能も欲しいですが、あえて言うと平穏な日々(笑)。それとはかけ離れた職業を選んでしまい、この仕事を続けている限り手に入ることはないので、だからこそ欲しいですよね。でも僕はこれをやめることはできない……あ、だからか!なんで田名瀬くんのシーンがグッときたのかわかった!色々発見がある作品です」
――― では最後に代表してメッセージをお願いします。
竹石「僕は沢山の舞台に立たせていただいてきましたが、劇団時間制作さんは本当に心の底から見て欲しいと思う作品を作っていて僕はリスペクトしています。今回中に入ってみて僕と同世代でこんなに演劇、芝居、表現のことを勉強して実践していらっしゃる方々は他にはいらっしゃらないのではと。そんな方々が作る空間がどれだけのものなのかを是非見て欲しいです。
そして、あらすじを見て暗い話になりそうと身構えてしまう人がいると思いますが大丈夫です。そういうのではなくて、普通に社会で生きている方にこそ響く作品になっています。必ず共感でき、頑張って生きている皆さんの心に届くはずです。ぜひ多くの方に観て欲しいと思っています」
(取材・文&撮影:谷中理音)