吉沢隆は流されるままにサラリーマン生活を送っていた。そこへ、一本の電話がかかってくる。それは高校時代の友人・山田一平からだった。かつて一緒にフォークグループやっていた高梨和也が癌で倒れた。最後の機会にもう一度一緒にという誘いに、戸惑う吉沢、かつてフォークジャンボリーの日に父の反対にあい、二人を裏切っていたのだ……。人気長編漫画「ガラスの仮面」の主人公、北島マヤを支える小劇団「劇団一角獣」のモデルになったのが劇団鳥獣戯画。2007年の初演以降、今回再々演となるフォークソングドラマ。今でも心に響く歌が次々と登場する舞台。劇団主宰の知念正文も、主演の寺門一憲も共にフォーク時代のど真ん中を生きてきた訳だから、ストーリーの臨場感がいのもうなずける。そんな2人に話を聞いた。
――― 知念は1950年生まれ。学生によるデモや大学紛争。さらにベトナム戦争など世界的にも熱かった時代に多感な青年時代を送っている。この作品はだからこそ書ける物語だと思うが、あらためて舞台にする気になったきっかけは何だったのか。
知念「フォークソングが沢山歌われていたのは僕の高校、大学時代です。新宿のフォークゲリラなんていうのもありました。その頃は若者がまだ音楽で世界を変えられると思っていたんですね。だからフォークが流行った時代というのは、日本自体も青春時代だったと思うんです。この作品を書いて初演した頃は、誰もが諦めてしまった感じ。日本も中年時代に入ってしまった感じが蔓延している時期でした。
そんな中だからこそ、自分たちの中に再び希望を持とうと。その原動力として想い出の力をつかった感じです。想い出ってエネルギーがありますからね。劇中では主人公達がフォークを始めた高校時代と、現実の定年も見えてきた中年時代が往ったり来たりします。さすがにこの年で高校生はちょっと恥ずかしかったけれど(笑)」
――― もうひとりの主役となる寺門一憲は1956年生まれ。知念達の世代が社会で大暴れしているのを、テレビや新聞で見ていた世代になる。フォーク世代といっても中間から少し後といったところで育ってきた。
寺門「高校生の頃に浅間山荘事件のテレビ中継を見ていましたね。音楽の影響でいうとまずはビートルズ。でも一番影響されたのはサイモンとガーファンクルですね。それでシンガーソングライターをやっていたんですが、その後にはしだのりひこさんのバンドに拾われて、それから芝居を始めたんです」
――― ここまで来れば言うまでもないが、この作品は歌も演技もできる寺門あっての作品なのだろう。さらに知念ともうひとりによる3人の元高校生(現在中年)が歌いまくる、ということか。
知念「そう、寺門さん本人に企画を話してオッケーだったので書きました。出てくる曲は40曲くらいでしょうか。それも僕達が歌う物だけではなくて、劇中のBGMも全部フォークになっています」
寺門「ラストシーンにね。春でもないのに桜吹雪が舞って、その中で「言葉にできない」を歌うところがあるんですが、その時は客席との一体感を感じますね」
――― 「言葉にできない」といえばオフ・コースの名曲。多感な頃にあの曲を耳にした人だけでなく、今の若い世代にもきっと響く曲だ。
知念「フォークソングは初期の反戦フォークからニューミュージックと呼ばれるようになるまで幅広くて、このオフ・コースあたりは初期のフォークからはちょっとズレるかも知れませんが、むしろこのあたりが僕達のリアルなフォークソングなんですね」
――― 少しズレているといえば、物語の舞台となる吉沢達の故郷、和歌山県貴志川町(現・紀の川市)。最終的に吉沢達はここで開かれるフォークコンサートで熱唱するとの事なのだが、フォークソングの野外コンサートといえば岐阜県の中津川とか、吉田拓郎やかぐや姫のコンサートで名高い掛川市のつま恋を思い浮かべるのだけど、それがどうして貴志川だったのか。実は知られざるフォークジャンボリーが開催されていたとか?
知念「いえいえ、事実とはリンクしていません。なんで貴志川にしようと思ったんだかなあ(笑)。ともかく東京から見てとっても遠く、行くのが大変なところというイメージなのでここにしました。僕達(劇団鳥獣戯画)は地方公演も結構多くて、その中で訪れたときにものすごく遠かった。いいところですよ」
――― 公演には本編と、フォークコンサートがついたスペシャルライブ付き公演もあるという「春でもないのに」。知念や寺門の同世代が共感出来るのは当然として、若い世代の観客にメッセージをもらうことにした。
知念「実はこの作品の一番のキーは「裏切り」なんです。若い頃にも大人になるまでの間にも、そしていい大人になってからの、といろいろな「裏切り」が人生にはあるものですが、若い頃には若さと純粋さと汚さが入り混じっていて、自分のエゴや弱さのために裏切ることもあるでしょう。でもそういったこと全部ひっくるめて「青春」なんだと思います。その部分を特に若いお客さんに見てもらいたいですね。」
寺門「若い人にも後悔はあると思います。僕達にもありますが、その後悔を放っておかないで、何か行動を起こす人々がいる。そんな人たちが持っている熱のようなものが伝われば良いかなと思います」
(取材・文&撮影:渡部晋也)