演劇作品には何作かに一つマスターピースというべき作品が登場する。ただ再演される機会が多いというだけでなく、解釈や演出に様々なヴァリエーションを持って再演される作品だ。シェイクスピアを筆頭にそういった作品は数多いが、どの作品も力強い普遍性が根底に流れているという点では一致しているだろう。
10年前に初演された『アリスインデッドリースクール』もマスターピースになり得る資格を持った作品ではないだろうか。生きるか死ぬかの極限状態で、眼前の絶望とその先の希望を模索することは、まさに普遍性を持ったテーマとして取り上げるにふさわしいものだ。そんなことを『アリスイン〜』の制作陣による松扇アリスの面々が思ったかどうかは定かではないが、少女達を大人の女性に置き換えた『オトナインデッドリースクール』だけでなく、大胆にもオヤジ達に置き換えた『オヤジインデッドリースクール』を送り込んできた。この一連のシリーズがマスターピースになり得るかどうかの試金石ともいえるこの試みに主演として参加する布施勇弥と薫太。また『オトナインデッドリースクール』から椎名亜音をゲストに話を聞いた。
――― 布施さんと薫太さんは主人公となる漫才コンビの二人を演じるわけですが。
布施「僕が演じるのがボケ役となる墨尾優ですね。それで薫太さんがツッコミの、ももむらのぶ役です」
薫太「そう、僕ツッコミなんですね。ああ良かった(笑)」
――― タイトルは「オヤジ」とありますが主演のお二人はまだ若いからオヤジと呼ぶにはちょっと抵抗が……(笑)。それにしてもワハハ本舗で長く座長だった佐藤正宏さんや、俳優・演出家で活躍する夢麻呂さん。劇団を主宰してきた小野寺丈さんなど、凄く多彩な顔ぶれが揃っていますが、そこへの感想を聞かせてください。
薫太「まあ、僕は子供が居るので、ある意味リアル親父ですが(笑)。ここに声がかかったことは純粋に嬉しかったですね。ベテランの皆さんと一緒に芝居が出来るので学ぶこともありますから」
布施「僕もそうですね。これまで平均年齢が高い舞台に出ることが少なかったんです。ベテランの皆さんって40、50代まで役者続けているのがまず凄いと思うんです。もちろんご一緒して勉強にもなりますが、逆にこちらから影響することもあるかとおもうと楽しみです」
椎名「ベテラン世代が何人も集まる事って少ないんですよ。一つの作品に一人二人居ることはあっても、そんなに沢山は揃わないですから」
――― そんな顔ぶれでのこの作品は、屋上という限られた空間で死が迫ってくる状態が描かれるわけですが、そんな「極限」を意識したことはありますか?
薫太「生か死か!みたいな状況にはまだ出会ってないですが、僕には家族が居るので、生きることを考えることはあります。子供が出来てからは特にね。ともかく長生きしようと思うし、それと同時に自分や嫁さんの親にも長生きして欲しいと思うようになりましたね」
布施「僕は大学でてから芝居を始めたのですが、子供のころに大病をして、その影響で大学4年の時に6回くらい入院したんです。最後に退院したのが2011年の3月11日。東日本大震災の日でした。病院から出たら今度は世界が揺れていて、まだ調子が悪いのかと思ったら、リアルに揺れていたという。
僕は秋田出身なんです。それほど大きな被害はなかったんですが、他の東北のよく知っている場所が津波被害を受けたのを見て、いつ死ぬかわからないと思って、だったら芝居で生きていこうと決意したんです。実は13歳から役者に憧れていたんですが、恥ずかしくて誰にも話せなかったんです。今も毎日全力で生きているとは言い切れませんが、それでも後悔だけはしたくないと思っています」
――― さて、椎名さんは『オトナインデッドリースクール』に参加されますが、同じ脚本の別ヴァージョンに主演する二人を見て何か思うところはありますか?
「演劇界で女性は男性よりも若い世代が多いので、私くらいの年齢になるともうベテランになっちゃいます。引き際を見失ったともいえるかも(笑)。この二人は私より年下なのにさっきから生きることについて凄く真面目に話しているので、焦りにも似たものを感じますね(笑)。ただ、長いこと舞台に関わっているので、若い人が増えてきている中で30代女子も負けないぞと、爪痕を残してやるとも思います。
両方の舞台を通してですが、最初に企画を聞いたとき、これはアツいことになるぞと思いました。なにしろベテラン勢の役者が揃って大暴れ出来る企画ですから。きっと若いメンバーには出せないエネルギーが発揮されると思っていますし、性別が替わるとそれだけでも興味深いのに、あの顔ぶれを見るといったいどうなるのか凄く楽しみですね」
――― お二人は今回の共演者の中で特に気になる方はいらっしゃいますか?
薫太「石田太一さんとは以前共演しています。ゴリゴリの熱い男ですよ。久しぶりだから再会が楽しみですね」
布施「僕は薫太さん以外みんな初対面なんです。でも小さくならずに、負けないぞって思っていたりします。そんな気持ちは皆持っていると思いますけどね」
――― ちょっと作品の話に戻りましょう。設定は屋上に集まった人々以外、周りは全部敵という状況も究極のアウェー状態ですが、そんな経験はありますか?
薫太「布施さんは顔合わせがそれでしょ?」
布施「一人として知らなかったからねえ(笑)」
椎名「薫太君はアウェーをすぐホームにしちゃうタイプでしょ(笑)」
薫太「うーん、それはあるかもしれん(笑)仲良くなりたいって気持ちはいつもあるんです。昔アイドルしていた時代、ライバルグループのファンが僕等が歌う時に座っているから、彼女たちを立たせよう、と張り切っていたことがあります。でもなかなか頑固で心が折れたりして(笑)。みんな仲良くしたらいいのに、という気持ちはそこからですね」
布施「僕は子供の頃から高校生まで疎外感しか感じなかった(笑)。みんなに嫌われているんじゃないかと思い込んで、誰ともしゃべらなかったんです。でも大人になってそんな自分を皆がどう見ていたのか聞いてみたら『布施ってクールだったよね』って。一匹狼みたいに思われていたみたいですね。まあそんな事から逆にドラマや映画に現実逃避して、その結果俳優に憧れたわけです」
薫太「一人が好きなんですか?
布施「いや、好きではない(笑)」
薫太「じゃあこっちからアプローチした方がいいんすね」
布施「いや、今は大丈夫だから(笑)」
椎名「すでに漫才コンビが出来てる(笑)。私は初めてアリスインプロジェクトさんの作品に参加したときですかね(笑)。周りは10代から24、5くらいのキャストの中で既に30代でしたから。年齢差だけではなくて、終演後の握手会イベントに驚きましたね。なんだこれは!ってね。いつもの劇団公演では自分からロビーに出て行くわけだから。でも私にもお客さんが面白がって並んでくれます。アウェーというかもう異文化ですね」
――― では、こちらもせっかく2作品双方のキャストがいるので、お互いの作品への期待とメッセージをお願いします。
椎名「私は初演の時に演出助手だったので作品にはだいぶ関わっていますが、ともかく今回は“激アツ”ですね。『オヤジイン〜』ってもともとの作品に対してまったく対称となるファクターですし、さらにそこに本物のオヤジたちが集まっていることが凄い。さらに出演者の年齢層が『オトナイン〜』よりも幅広いからどうなってくるのか。ともかくこっちはオトナならではの熱さや想いを受け取って帰ってもらえればと思います。オトナの爪痕をどぎつく残したいですね。オトナもオヤジもまだまだ行けるぞ!ということを示していきたいです」
薫太「僕達とは逆に『オトナイン〜』はやはり女性だからこそ表現出来ることがあるはずだから、そこが興味深いです。そもそも男女で同じ作品を演じ分けるというは珍しいですから。むしろ観客になって見比べたいですね。きっとどちらも面白い舞台になると思っていますから期待してもらって良いと思いますよ」
布施「先に『オトナイン〜』の幕が開くので、まずは成熟したオトナの芝居をみせてもらいます。でも若くてもオヤジでもみんな日々生きているわけで、だれにでも明日はあると僕は思うんです。若い子は希望に満ちたキラキラしたものを持っているといいますけど、オヤジだってそれなりのキラキラを持ってます。女性なら週末の女子会とか、オヤジなら週末のゴルフとかね。それもまたキラキラなんですよ。ただスタンスが変わっただけで。
僕自身はこれから役作りをしていきますが、きっと笑えて泣ける舞台になると思います。舞台って非日常を感じてもらう機会なんで、まっさらな気持ちで接して、楽しんでもらえればと思います」
――― ありがとうございました!
(取材・文:渡部晋也 撮影:安藤史紘)