京都の中心街にある100席限定の劇場で2012年からロングラン上演され、通算23万人を超える観客を動員している『ギア-GEAR-』。荒廃した元おもちゃ工場で働く人間型ロボット「ロボロイド」と、かつてそこで作られていた人形「ドール」の交流を描く物語だ。廃工場の雰囲気をリアルに再現した舞台セットにはさまざまな仕掛けが施され、プロジェクションマッピングやレーザー光線もふんだんに駆使。そんな舞台と客席の一体感溢れる空間で、ロボロイドを演じるパフォーマーがマイム、ブレイクダンス、マジック、ジャグリングを繰り広げ、セリフのないノンバーバル演出で年齢国籍を問わず幅広い層のオーディエンスを楽しませている。出演者は、4人のパフォーマーに紅一点のドールを加えた5人のみ。それぞれに数名ずつのメンバーが在籍し、日替わりで1名ずつが出演するため、その組み合わせは4,500通りにもなるという。今回は、そんな『ギア』に2017年からドール役で出演している中村るみにインタビュー。彼女自身の経歴から『ギア』の魅力まで、たっぷり話してもらった。
初めて『ギア』を観たとき“これに出たい!”と思った
――― 中村さんはもともとバトントワリングをやっていて、高校では創作ダンス、そして大学の演劇部で演劇を始めたそうですね。
「バトンは2歳の頃からなので、気づいたらバトンを持っていたという感じですけど(笑)。その関係でいろんな舞台を見に行くことが多くて、特にミュージカルが好きでした。それで、いつか演劇をやりたいなってずっと思っていたんですけど、なかなかそれを言い出せなくて、大学に入って一人暮らしを始めたタイミングで“やろう!”と思い、演劇部に入りました」
――― 大学時代の演劇もミュージカル志向だったのですか?
「パフォーマンスとしてダンスを取り入れたりもしていましたけど、基本的にはストレートプレイでした。うちの大学には演劇をやるサークルが2つあって、1つは完全にストレートプレイ、もう1つはダンスや殺陣も入ったりする割と派手めなところで、私が入ったのは後者だったんです。でも、ダンスができる部員が増えたからやってみようか、みたいな感じで、あくまでもセリフがメインでした」
――― そんな中村さんが『ギア』に参加することになったいきさつは?
「大学の演劇部の公演を観に来てくださった方に声をかけていただいて初めて出演した学外の公演に、『ギア』のマイムパートの大熊隆太郎さんが振付家として参加されていたんです。それがきっかけで、今度は大熊さんの劇団「壱劇屋」の公演にも出演させていただくことになって、『ギア』のこともそのときに知りました。それで、出演していたメンバーと一緒に『ギア』を観に行ったら、これをやりたい!ってめちゃくちゃ思ったんです」
――― 舞台が良かったというだけでなく、自分もやりたい!と思ったのですね。
「ミュージカルを観ていたときもそうだったんですけど、すごくやりたい舞台に出会ったときは、自分が客席にいるのが悔しいというか、どうして私はあっちにいないんだろう!って思うんです。『ギア』を見たときも本当にそうで、けっこう序盤で悔しさとかも含めて泣けてきちゃって、これに出たい!とすごく思いました。それがちょうど就職活動が始まる直前くらいの時期で、どうしようかなと悩んでいたら、そのタイミングでドールのオーディションが開催されたんです。普段はそういう告知を打つことはあまりないんですけど……」
――― すごいタイミングの良さですね。
「そうなんです! それで、これに落ちたらもう舞台は諦めようと思ってオーディションを受けたら、ありがたいことに拾っていただきました。『ギア』でデビューしたのが大学卒業の直前で、そこからいろんな人に知ってもらって、他の舞台にも出演する機会をいただくようになったんです」
――― やりたいと思ったのはやはりドールですか?
「はい。もともと体を動かすのが好きだというのもあるし、当時の私は声にパンチがないって言われたり、枯れやすかったりして、声に苦手意識を持っていたんです。そんなときに『ギア』に出会ったので、尚更これをやりたいと。私がやりたい表現はこれだ!と思いました」
その日のベストを全員で作り上げる舞台
――― やってみたかった『ギア』のメンバーになってみて、どうでしたか?
「最初の1年は本当にアップアップしながらやっていました。まず最初に、プロデューサーの小原(啓渡)さんから、ドールにバトンをやってみてほしいというオーダーがありました。『ギア』に新しい要素を入れてみてくれと。昔は『ギア』にもバトンを使うパートがあったんですけど、私はそれを知らなかったので、『ギア』にバトンがあったということにまず驚いたし、でも私が出した意見をみんなが受け止めてくれて、いろいろ考えてくれたりして、一番最初からチームの一員に入れてもらえたというか、みんなで作っていく舞台なんだなってすごく実感しました」
――― では、舞台に立ってみた印象は?
「こんなにお客様によって左右される舞台はないんじゃないかなって思います。出演するメンバーも毎回変わるし、メンバーが同じだったとしてもお客様によって雰囲気も舞台の印象も変わるので、演じる側としても、お客様のリアクションも含めた1つの舞台を作らなければという感覚が強いです。舞台に出るまで本当に何が起こるかわからないし、どれだけ練習して準備しても、まったく予想だにしなかったことが起こったり。ある意味、戦場ですね(笑)。難しくもありますけど、それがわかってくると楽しくもあり、この舞台をやってるなっていう感じがします」
――― キャスト5人の組み合わせが公演ごとに変わるのも特徴の1つですね。
「それぞれのキャラクターの色はある程度決まっているんですけど、演じる人によってすごく変わるし、人によってやりたいことも違うんです。この『ギア』という作品に対して、その人なりのこだわりがあるので、それをお互いに受け入れてやらないといけないなとすごく感じます。ドールっていうキャラクターは、人間とロボロイドの中間的存在というコンセプトがあるんですけど、私はそれだけじゃなくて、多種多様な方向を向いている4人のロボが、ドールと出会うことで1つにまとまっていく物語だなと思っているんです。全然違う形をした4つの歯車(ギア)が、真ん中にドールの歯車が入ることで回り始める……そんな話じゃないかなと。
だから、その日集まったロボのメンバーによってドールのキャラクターも変わるし、どんなふうに成長していくかもその日によって全然違うんです。みんなが思っていることを受け止めて、それをどう形にしていくかというのをみんなで考える。相手のこだわりを受け入れて信頼して、その日のベストをみんなで作り上げていくというのを常に心がけています」
すべての要素が1つの“物語”に集約していく
――― 今は役者として『ギア』以外にもいろいろな舞台に立っていらっしゃいますが、『ギア』での経験が活かされていると思うことはありますか?
「『ギア』のロングラン公演をずっとやっていると、いろんな視点が必要になってくるなと感じるんです。例えば他のロボの視点で、ドールがどう動いてくれたら嬉しいのか、どういうふうに表現したらロボの新しい気持ちを見つけられるか、お客様の目線で、どういうことをしたらお客さんの心に刺さるか……そんなことを考えます。『ギア』は“演出:オン・キャクヨウ”となっていて、“オン・キャクヨウ=御客様(お客様)”ということなんですけど、お客様からいただいた意見を取り入れながら、全員が演出家的な視点を持って、自分自身やその日の公演をコーディネートしていかなければなりません。
『ギア』の舞台のいろいろな仕掛けはほぼ全て人力で動かしていて、それを知ったときもすごく驚いたんですけど、だからこそ演者も気をつけて動かなきゃいけないなとか、人力だからこそ独特な動きができたりとか、そんなふうにいろんな視点で舞台のことを考えると、いろんな改善点も見えてきます。なので、他の舞台に出るときも、自分の役に対するアプローチを演出家的な目線で考えたり、このシーンはお客様にどう見えているのかなと考えたり、お芝居しているときは逆にお客様のことを忘れて目の前の共演者に集中したりと、舞台に対する見方が一方向じゃなくていろんな方向になったのを感じます。今度、2月に友人と2人で自主企画公演をやるんですけど、それも『ギア』の制作の様子を見ていろんなことを学ばせていただいたから。そういうことをやろうと思えたのも、『ギア』の経験があったからだと思います」
――― ロングラン公演で、1つの作品を長期間にわたって何度も繰り返していることもプラスに働いていそうですね。
「そう思います。自分の見え方だったり、表情だったり姿勢だったり、そういうことを全部研究してもまだ足りてないし、やれることは膨大にあります。普通、舞台というのはこだわろうと思ったところで終わってしまうことが多いので、どこまでも突き詰められる環境があるのはすごく嬉しいし、ありがたいことですね」
――― では最後に、演劇ファンに対して『ギア』の面白さをアピールするとしたら?
「『ギア』はパフォーマンスを見せる舞台、サーカスみたいに芸を見せる舞台だと思われやすくて、そうすると演劇好きな方は足を運びにくいのかもしれません。でも、『ギア』が一番大事にしているのは“物語”を見せること。マイム、ブレイクダンス、マジック、ジャグリングというそれぞれのパフォーマンスだけでなく、音響も照明も映像も、そしてお客様も含めたすべてが、1つの“物語”に集約するところが『ギア』の一番の魅力だと私は思います。
『ギア』は“調和”をテーマにしていて、全員が1つの物語を見せるために、いろんなパフォーマンスをやったり、舞台を動かしたりしている、そういうところを知ってもらえたら嬉しいです。日によってメンバーが違うので見え方も違うし、それこそ生の舞台を観るのが好きな方だったら、2回3回と観ていただくと、こんなにも違うのかということにも驚いていただけると思います」
――― 遠くから来る人は、京都観光もセットで楽しめますね。
「そうなんです!(笑) 劇場が観光地のど真ん中にあるので、京都にいらっしゃる機会のある方は、ぜひ『ギア』も予定の中に入れていただきたいです!」
(取材・文&撮影:西本 勲)