「ハイレベルな脚本・演出家、俳優を集い、高水準の舞台製作を目指す」というコンセプトのもと、関西を拠点に活動する女優・丹下真寿美の魅力を全国に発信するプロデュースユニット、T-works。その第三弾公演では、女性初のノーベル賞受賞者で20世紀を代表する科学者、マリ・キュリーとその家族を描く。
脚本は2018年発表の『遺産』で第26回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した劇団チョコレートケーキの古川健。マリの長女、イレーヌを演じる丹下と共に本作に込めた思いと、舞台への思いを語ってもらった。
科学者の一面よりも家族的な結びつきに着目
――― T-worksさんとは初タッグですが、題材にキュリー夫人を選んだ理由とは?
古川「キュリー夫人には昔から興味があって、直接のきっかけは2011年3月の福島原発事故でした。僕の視点であの事故を捉えるならばどうするかと考えた時に、アインシュタインかキュリー夫人をモチーフにして原子物理学の夜明けを描くのが僕らしいなと思っていたことから今回の題材となりました。
改めて子供向きの伝記を読み返してみると、彼女の前半生で終わっている場合が多いんですね。ラジウム発見やノーベル賞受賞がハイライトという。でも彼女と子供たちの人生はそこからまだ続くわけですよ。僕らはキュリー夫人の後半生のイメージが薄いので、どう生きたかというのを半生記という形で書けたらいいなと思いました。
特に科学者としての一面というよりも、家族的な結びつきがどうあったのかを意識しました。例えばキュリー夫人の2人の娘、イレ−ヌとエーヴもまた対照的な人生を送っているのですが、あまり知られていないところです。つまり、誰もが知っている偉人のあまり知られていない家族史を形にできたらと。また当時の女性が置かれた社会環境も、フェミニズムや出自による差別、民族意識、戦争と科学の関わりといった現代まで続く諸問題ともリンクしています。いわばキュリー夫人の人生そのものがそれらとの戦いでした。そういった所にも光を当てていけたらと思っています」
温かい優しさ溢れた作品
――― 脚本を読まれたそうですが、作品の印象は?
丹下「私は古川さんの作品は『あの記憶の記録』も含め、3作品ほど観させて頂きました。どの作品にも痛みというか、誰も悪いことをしていないけれども、結果として誰かを傷つけている様な印象を感じていましたが、本作は温かい優しさを感じました。母と娘の絆が優しさを持って描かれていて、色でいうとオレンジ色でしょうか。とにかく最後まで温かい気持ちで読みきることができました。
私は長女イレーヌ役を演じますが、私自身とも対照的な性格でまだすべてを掴みきれていませんが、イレーヌが母親に対してどんな事を考えていたか、家族の中でどんな役割を担おうと思っていたかなど、稽古を通して想像を膨らませてみようと思っています」
舞台は自分の存在価値を見出せる場所
――― 古川さんは丹下さんにどのようなイメージを持たれていましたか。
古川「お芝居を拝見して、とても器用な方という印象です。特に大きな動きがあるわけではないですが、一挙手一投足に目がいくのは、華があるというのでしょうか。僕自身、当て書きはしないので好き勝手書かせてもらいましたが、女性が主人公であることと、T-worksさんという団体が丹下さんをプッシュする試みなので、女性の力を意識して、女優さんが格好良く見えるような舞台になればと思っています」
丹下「そう言って頂き光栄です。私自身、演じる上でその世界の住人になりたいという気持ちが強いので、私のイメージに寄せて書かれたものよりも、好き勝手に書いて頂いた作品が好きです。作品よりも下手に目立ちたくないというか、あの役者さんが良かったと言われるのは勿論嬉しいですが、作品を真っ直ぐに届けたい思いが強いので、もう一回この作品を観たいと言ってもらえるのを第一にしたいですね。
私自身、舞台の上に立つことで自分の存在価値を見出せると思っていて、今この作品を届けるためにここにいるという使命感とでも言いましょうか、すごく舞台は大事な場所です。T-worksはそれを支えてくれる一つの家だと思っていて、今までも普段では出会えない様な、素晴らしい役者さんが参加してくださいました。公演ごとに関わる方も変わっていきますが、私にとっては皆さんが家族という気持ちで接しているので、これからもそのご縁を広げていって、もっと沢山のお客様に観て頂きたいです」
現状に問題意識を持つきっかけに
――― 丹下さんは当時に置かれた社会環境に立ち向かうキュリー夫人の姿を同性としてどう感じていますか?また古川さんは作品を通して発信したいメッセージはありますか?
丹下「台本を読ませて頂いて感じたことは、いつの時代も女性は強かったなという印象です。なんでこんなに強く自分の意思を貫くことができるのだろうと驚きと尊敬の念を持ちました。お芝居を通して、学べる要素が多い作品なので、演じながらも彼女のその意思の強さも学ぶことができたらと思っています」
古川「近代へのとば口となる時代で、人間の知性がやっと神の呪縛から解き放たれたが故に、苦しい時代だったとも言えます。この時代の科学者たちは人間の知性があればどんなものでもコントロールできるんだという、言い換えると性善説に近いような立ち位置で物事を語るんですね。
科学の探求を続けていけば、おかしな事にはならないという確証のない自信があったと思います。でもその後の時代を見ていると、科学が人殺しの為に利用されたと思わざるを得ない歴史を辿ってきました。かねてから僕たちは自分の生み出し支配しているはずのものに、逆に支配されていないかと思っていて、この作品を通して、今、置かれた現状に『あれ?何かおかしいぞ』という問題提起を持ってもらえたらと思っています。我々と同じく、市井の人々が当時をどう生きたかを知ることによって、僕たちもまた自分たちの人生を考えるきっかけになるのではないかと思います」
誰もが知っているけど深くは知らない
――― 最後に読者の方へメッセージをお願いします。
古川「誰もが知っているけど、深くは知らない人物ランキングがあるならば、かなり上位に来る題材です。作品を通してキュリー夫人とその周囲の人々の魅力がお客さんに届いてくれたら嬉しいです」
丹下「これまでT-worksの2作品は、どちらかというと明るいテイストの作品でしたが、今回は180度趣の違った作品で私の中でも大きなチャレンジだと思っています。キュリー夫人を演じられる山像かおりさん、辰巳琢郎さんを始め、豪華な面々に参加して頂いているので、今までとは違ったT-worksを楽しんで頂けたらと思っています。是非劇場にお越しください」
(取材・文&撮影:小笠原大介)