演劇作品の製作・プロデュースをおこなう「オフィス上の空」と演劇ユニット「火遊び」代表で作家の松澤くれはが再びタッグを組んだ問題作。八歳の誕生日に母を亡くした少女が遺骨を食べたことで、数奇な運命をたどっていくというヒューマンドラマだ。前作『トルツメの蜃気楼』でも登場人物の繊細な心の機微を描いた松澤くれはが、主演の新垣里沙と共に本作への意気込みを語った。
理不尽や困難に立ち向かった先にある「家族のかたち」を描きたかった
――― あらすじだけを見ると非常にショッキングな展開ですが、内容はまた違うとか?
松澤「ある少女が母の葬儀で遺骨を食べてしまい、それによって人生が数奇な方に向かっていくという話で、1人の少女の成長を周囲の人たちと共に追っていくストーリーであり、家族やコミュニティーのあり方を通して「家族のかたち」を描きたいなというところから始まっています。
母の骨を食べたことによって、成長するにつれて母が見えるようになって、自分の中に母が住んでいるという感覚を抱いたまま大人になるというのが1つの大きな仕掛けです。親離れ、子離れできない母と子の関係にも見えると思います。ファンタジックな要素よりも、誰しもの人生に訪れる理不尽や困難にどう向き合っていくかを描くヒューマンドラマになっています。チラシはダークですが、決して怖くはありません」
新垣「台本を頂いたら次はどうなっていくんだろうという気持ちで、あっという間に読めました。最後はこういう風に終わるんだという、今までのくれはさんとは違うまた新しい展開で、観終わってちゃんと前向きになれる作品という印象です」
松澤「それは僕の中でも意識していて、自分なりに新しいものを目指したのですが、今まで一緒に作ってきた人たちに導かれるように最後の台詞が浮かびました。いつもの創作とは違う感覚でしたね。今回はやっていないことをやろうと、ムーブメントのパフォーマンスも入れてみました。ダイナミックな動きを入れることで、作品世界も広がるのではないかと。
また、さいたま芸術劇場が素晴らしいです。見学しただけで演出のアイデアが沸いて、劇場でテンションがあがるワクワク感を久しぶりに体験しました。ここでやりなさいという不思議な縁を感じて、新しい景色が見られそうです」
「新垣さんは職人肌」
――― 2013年に新垣さんが主演を演じられた舞台『殺人鬼フジコの衝動』以来、度々お仕事をされてきました。新垣さんについての印象は?
松澤「非常に物事を突き詰める、プロフェッショナルな方だなと思います。最初ご一緒した時から感じていて。ビジネスというより職人肌。ツイッターのプロフィールにも女優ではなく役者と書いてあって、より板の上に立って生きている感覚があります。全幅の信頼を置いていて、本作がまた新しく彼女の代表作になるのではないかと思っています」
新垣「そう言ってもらえて非常に嬉しいですし、より気合が入ります。モーニング娘。時代から舞台には立っていましたが、外部公演に立つようになったのは卒業してからでした。最初はアイドル出身ということで、役者になりたいのに認めてもらうまではすごく時間がかかって悪戦苦闘していましたが、役者として1歩前進をさせてもらえたのが、くれはさんとの『殺人鬼フジコの衝動』の初演でした。
それまではアイドルがやりそうな役どころが多かったのですが、殺人鬼役という役をやらせてもらって、こんなに生きている感覚があるんだという感覚を始めて実感できました。自分にとって、舞台はここで生きて生きたいなという思える場所です。改めて卒業して1人になった時に救われたのが演劇と言えます。今回私は8歳から演じるということで、もしかしたらランドセルも背負うのでしょうか?」
松澤「はい。まだイケるな!という全幅の信頼を置いております(笑)」
新垣「ある意味私も楽しみにしています(笑)。でも台本を読んでいると、序盤のシーンがほとんど台詞がなくて、別の人が私の体を通じて喋っているので、逆にどう表現をするか難しいなという印象はありますが……」
松澤「新垣さん演じる少女の想いを、心の中に住まう母が台詞として語るという手法を取り入れています。言い換えれば心を母に支配されている状態と言いましょうか」
新垣「そうなんですね。子供の心の中に母の人格を描くことで、戸惑いや反発、シンクロ二ティーなど演じる上でもすごい繊細さが求められる演出なので、役者としてもそこはチャレンジですね」
「前向きな気持ちにさせてもらえる舞台です」
――― 最後に見所と読者にメッセージをお願いします。
松澤「身体と心の二人一役は、『殺人鬼フジコの衝動』でも取り入れた演出なのですが、今回は母という完全別人格なので、是非注目してほしいですね。そして結末が重要です。登場人物たちが予想しなかった終着点を、是非楽しみにしてもらいたいです。お客さんにも1人1人に人生があって、作品を通してまだ旅の途中だという前向きな気持ちを持ってもらい、今から始まるというメッセージにしたいと思っています」
新垣「2020年最初の舞台なので、それがまたくれはさんの舞台ということで楽しみにしています。役者として新たな1歩になりますし、人間と人間の話の成長する繊細な役を精一杯演じて、お客さんに何かを持ち帰ってもらえる作品にしたいと思います。是非劇場にお越しください」
(取材・文&撮影:小笠原大介)