2018年に加藤健一と加納幸和(花組芝居)のコンビで上演され大好評だった『ドレッサー』に、丸3年ぶりに2人が出演する。第二次世界大戦下のイギリスで、空爆に怯えながらも巡業を続けるとある一座。疲弊し奇行におよぶ座長(加藤)の様子に、上演中止の声もあがるなか、長年座長に仕えてきたドレッサー(付き人)のノーマン(加納)だけは、座長の演劇への情熱を信じ、なんとか上演に向けて孤軍奮闘する……。しかし、すっかり憔悴した座長や個性豊かな面々に振り回され、上演中もてんやわんやの舞台裏!?
コミカルで、人生の悲哀をふくみ、演劇への愛にあふれた『ドレッサー』を再び上演する2人に、今作と演劇への思いを聞いた。
初演の反響を受け、再演決定!
――― 3年ぶりの再演ですね。
加藤「お客さんのことは舞台に立っている間にしかわからないんですけれども、ほんのちょっとしたところで客席の反応が良かったので“再演できるな”と思いました。あるツボで起きる笑いとか、この言葉で静かになって欲しいという時にピタッと静かになるところとかで、みんなすごく楽しんでいるんだな、とわかるんです。そういう作品は評判がいい。
でも今は、『ドレッサー』の状況そのままに『幕があがるのか?あがらないのか?』という綱渡りをしているところ。僕たちも、いろんな地域で上演しようとしてくださるプロデューサー方も、『なんとか幕をあけよう』としている。本当に幕があいた時のお客さん達の喜びと重なって、倍になるんじゃないかな」
加納「1月に緊急事態宣言がでたりして、まさに『ドレッサー』と同じ状況ですよね」
加藤「お客さんもリスクを負って客席に座るので、それぞれにいろんな考えがあると思います。その中で幕があがるということは嬉しいですね」
――― 前回の「観ないともったいない」との声もあり、再演ではさまざまな地域でのツアーも予定されています。
加藤「やっぱり僕らの力だけではたくさんの上演はできないんです。初演はどうしても東京でしか上演できないけれど、初演を観てくださったプロデューサーやお客さんに『ぜひ再演を』と言っていただけることで、いろんな場所で再演ができる。それが嬉しいし、楽しいですね」
加納「初演の成果が再演のツアーにつながるなんて考えていませんでした。責任重大だったんですね……! 僕は正直それどころじゃなかったんですよ。翻訳劇も経験が少ないですし、すごく台詞が多い。ものすごくしゃべりまくる役なので、台本をいただいた時に“これは大変だ……!”と焦りました。鵜山(仁)さんの演出もまだ2回目ということもあり、追い付くので精いっぱいでしたね。初日が開いてからも、朝起きて身支度をしている時から、台詞を冒頭から口に出してさらってみて、でもあまりに多いから自宅にいる時間では間に合わなくて、移動の電車のなかでまたしゃべってみて……という毎日でした。
でも今回は再演なのでもう少し落ち着いて、初演の時にはできなかったことがやれたらいいですね。3年も経っているので、なにも成長してないじゃないか、と思われないように頑張らないとなと(笑)」
――― 加納さんの演じるノーマン(付き人)は、1988年に加藤さんが演じていますね。
加藤「そう。今回僕が演じる座長役は、三國連太郎さんが演じていました。でも雰囲気的には加納さんの方がノーマン役は合ってますよ。それに僕の相手役としてもバランスがいいので、出演をお願いしたんです」
加納「僕は若い頃に加藤さんがノーマンを演じているその舞台を拝見しているので、まさか自分がその役を演じるとは思ってもみなかったですね。加藤さんは昔から拝見している大先輩で、17歳の時に初めて観たことを覚えています。だから緊張はしたんですけれど、幸いにして配役は、加藤さん演じる座長をノーマンが先輩として慕っているという関係なので、すんなり入れる。立ち役を立てるポジションは、ふだん女形を演じていることと違和感がないので良かったです。ただ、台詞と段取りがとにかく多いのでそれどころじゃない! さすがにちょっと閉口しましたね。なにかやりながらずっと喋って……と大変でした」
これでもかと演劇を愛する人々の物語『ドレッサー』
――― プロデュース公演は100回を超えていますが、いつもどうやって作品を選ばれるんですか?
加藤「僕が演じられる役があるか、演じてみたい役か、という基準もありますけれども、一番大事なのは、感動できるかですね。台本を読んで、頭で“良い脚本だな”と考えるのではなくて、自分が泣いちゃうとか笑っちゃうといった感動で選びます。だから僕は、難しく考える作品はやらないんですよね。面白い脚本だなとは思っても、感動しないと自分でやろうとは思わないんです。
『ドレッサー』でいえば、理由がもうひとつ。この作家のロナルド・ハーウッドがすごく好きで、何度も上演しているんです。いつも戦争と芸術をからめて書いてくださる。とても強く戦争反対のメッセージを出している方ですね」
――― 再演にあたって、初演との違いは?
加藤「僕は、職人さんのように手に触れてみてざらつきがあったら“ここをこう変えてみようかな”と思うので、稽古をやるなかでざらつくところがあれば変化していきたいですね。まずは台本通りにやってみて、そのうえでざらつきを感じながらやっていきます。基本的に、方向が間違っていないから評判をいただいて再演もできていますので」
加納「僕は芝居が終わるとなにもかも忘れてしまうので、段取りや台詞が多いのを思い出さないといけないですね。まずは前回の記録用映像を見て思い出しています。でも客観的に映像を見ると“あっ、こんなふうに見えていたから鵜山さんはああ言っていたんだな!”というのがよくわかるんですよ。自分がやっている時はわからないものですから。納得しますね、“こう見えていたんなら、そりゃ、ああ言うはずだよね”と」
加藤「あはは(笑)」
加納「そうやってもう一度台詞をさらっていると、“あれっ、ここってこういう気持ちだったのかな”って見つかるところがある。もちろん前のとおりに行こうとするんですけど、その中で“あれ、もしかして……”ということが見つかったりする。再演ってそれが楽しいですね。初演は当てずっぽなところもあるけれど、再演は“この道が合ってたんだ”と思えてもくるので、僕は好きなんですよね。劇団以外での再演はなかなかないので、すごく良い経験です。
お客さんも、一度観たものでも、何年か経つと感じ方が変わったりする。過ごした年数分の人生経験をされているので、そのうえでもう一度、お芝居を通してもう一度なにかを感じることはすごく良いことですよね。だからもし前回に続いて『ドレッサー』を観劇される方は、目が肥えていくんだと思います」
――― この作品の魅力とは?
加藤「やっぱり、演劇を愛しているということがものすごく色濃く出ている作品なので、演劇をつくったり、演劇を観るのが好きな人にはたまらない。こんなに演劇が好きな人もいるんだなぁ!と思いますよ。爆弾が落ちてくるなかでまだ幕をあけようとする、そこに惹かれるんじゃないですかね」
加納「戦争の影響でどんどん精神を病んでいく状態で、“それでも芝居の世界にいたいんだ”と懸命に努力する様子は、もう大切なのはお金じゃないし時間じゃない。ひとつの成果のために、人生を削ってでもやりたいという価値観の世界で生きている人間たちの必死さは魅力的ですよね。きっと観ている方にもそれぞれ人生いろいろあるはずですけれど、人生を生きたい!という気持ちが伝わるといいですね。数多くの方が演じてきたこともよくわかる作品です」
――― 加藤さんも30年以上前に演じられています。当時との違いは?
加藤「僕が最初にやった時、座長役の三國連太郎さんがとても素敵で、作品も好評で、いつか座長役をやってみたいなとは思っていたんです。それでもまだ30代だったのでまだ早いだろうと思っているうちに、いつの間にか三國さんの年齢を超えてしまっていた! “おお、もう年上だ、やらないと!”と思ってやったんですよね」
加納「(笑)」
加藤「それに、最初にこの作品をやった時はすごく若かったですから。なにも考えることもなく、演出家がイギリスの方だったので、英語で演出をうけるのが難しくて。どうやっていいかわけわからなかったですね(笑)」
加納「通訳の方の人選って難しいですよね。演劇の世界の専門の方でないと戸惑われますし」
加藤「日本人はジェスチャーもしないし、日本の演劇の風習というのもありますしね」
――― 鵜山さんの演出はどんな印象でしょう?
加藤「きめが細かいといいますか、細部までなでるように作り上げていくので、すごくいいですね。英語がわかってらっしゃるというのもありますが」
加納「鵜山さんは英語もフランス語もおできになるから、稽古場で英語の台本を開いて『原文ではこう書いてあるからこうなんじゃないか』とか言うんです。すごいなぁ。翻訳の松岡和子さんもとても原文を大事にされる方なので、稽古場にいらっしゃって『ここはこう書いてあるのよ』と言ってくださる。その松岡さん、実はすごく嬉しいことを言ってくださって、『あなたはこのノーマンが当たり役になるわよ!』と。僕の花組芝居の芝居を観に来て『ドレッサー』またやるんでしょ!?って言うんです。うちの芝居のことじゃなくて『ドレッサー』の話を(笑)」
――― 期待が高まっているのでしょうね。楽しみです!いくつもの都市で公演を待たれている方々に向けてメッセージをいただけますか?
加藤「2月7日で緊急事態宣言が終わることをひたすら願うんですけれども、もしまた延長になったとしても、安全に配慮して上演しますので、ぜひ足を運んでいただきたいです。劇場はとても天井が高くて換気機能が入っていますので」
加納「そうですね、やっぱりぜひ来ていただきたいです。その場にいる空気感というのを強く感じられるのが演劇です。配信も綺麗な画面でいいけど、ナマで観るのとは感覚が違いますね。必死に幕を明けようとしている舞台上の人々を見て共鳴していただきたい。彼らの、目標に向かっていく美しさや必死さや愛おしさを感じていただき、観ている方の日常にもうまく影響していくといいなと思います」
(取材・文&撮影:河野桃子)