江戸時代の絵師、葛飾北斎といえば、90歳という当時では破格の長寿を全うし、そその生涯に『富嶽三十六景』を筆頭に3万を越える――しかも実に様々な画風による作品を遺した、まさに“超人絵師”。そんな北斎に惚れ込んだ演出家の宮本亞門がその人生を舞台化したのが、2019年に上演した『画狂人 北斎』だ。
――― 今回は2年ぶりの再演となるが、そもそもはリーディング作品としてお披露目された。
宮本「北斎のことを舞台にした人はこれまでにまだいなかったので、2016年にすみだ北斎美術館が開館した記念にリーディング公演として上演しました。北斎作品を映し出しながら物語を語る形でした。その後にロンドンの大英博物館にて、リーディング公演として上演しました。実は北斎の歴史については研究者の間でも結構論争があって、意見が割れているので、そういった皆さんにも納得して頂きたかったので美術館と共同で進めました」
――― 宮本といえば、どうしてもミュージカルのイメージが強いが、この「画狂人北斎」はストレートプレイのスタイルだ。宮本が手がけるスタイルとしては珍しいのだろうか。
宮本「北斎をもっと知って欲しいんです。そのためにもバックに福岡ユタカさんの音楽を流して、分かりやすく、現代の画家の設定も入れました。北斎の凄みを感じて欲しいんです、こんな全身全霊で本気で生きた先輩が、日本にも、いたということを。」
―――出演するのは6人の役者だけ。主演の北斎役に升毅。初演と同じく、黒谷友香、水谷あつし、津村知与支が脇を固めるが、今回はさらに平野良と陳内将が抜擢された。二人の抱負を訊ねてみた。
平野「升さんとは5、6年振りにご一緒するんですが、以前も僕の芝居の幅を拡げてくださったり、テンポ感が鍛えられました。今回の役は升さんとの絡みも多いですから、またそんな体験が出来るかも……と思っています。しかも今回は升さんとの絡みも多いですしね。それが楽しみです。亞門さんの作品ということについては、やはり緊張します(笑)。初演時の玉城(裕規)君や和田(雅成)君の気持ちがわかりますよ(笑)」
陳内「実は僕、升さんとこの作品のプロデューサーさんには、19歳の頃にバイト先の居酒屋で接客しているんです(笑)。『いつか使ってください』『あぁ、いつかね』という建前の挨拶を交わしまして(笑)。だからこそ13年経ってこういった形で一緒できるのは凄く嬉しいですね。もう一つ、以前、とある居酒屋のトイレに北斎の大きなポスターが貼ってあって、そこに玉城君の名前を見つけた時、凄くうらやましかったんです。それだけに今回参加出来るのはとても光栄です。宮本さんについては、先日舞台でご一緒したエハラマサヒロさんが“一番尊敬する演劇人だ”とおっしゃっていたんですね。稽古をしていると台本にセリフをどんどん書き込んで、さらに消しては書き込んで、最後には(書き込みで埋まってしまうから)新しい台本くださいとなるから陳ちゃんセリフ憶えないでいいよっていってました(笑)」
宮本「なかなかいいとこついてるなあ(笑)。でも再演だからそれほど変わらないので憶えてきても大丈夫(笑)。でも二人と話したりすることで少しは変わっていくかも知れませんね。出演するのは6人の俳優ですが、一人二役をすることもありますから、キャラクターはもう少し出てきます。北斎がなぜ絵を描き続けるのかとか、なぜそこまで入り込めるかについて、色々な登場人物がぶつかり合うようにして明らかにしていくんです。そういったことを集中して観て欲しいので、群像劇である必要が無いんですね。だから人数は多く要らないんです」
―――さて、言うまでもないコロナ時代。劇場も収容人数が制限されるなど厳しい状況下に置かれているが、宮本はちょっと意外な捉え方をしていた。
宮本「ものを作る理由とか、演劇をする理由。自分をギリギリまで追い詰めてまでものを作りたいという欲求は、ただ金儲けのためだけでは無いはずです。コロナの時代というのはそういったことを人に問う、いい意味で突き詰められるのだと思います。そんな時期だからこそお客さんも演劇を真剣に観てくれます。それまでは生死を採り上げたテーマは敬遠されていたのが、今は積極的に関心を持ってくれるようになりました。だからコロナの時期って演劇にとって面白い、良い時期だと思うんです。ただ楽しいだけでは無いものでも、馬鹿にしなくなって来たと思います」
―――将来的には海外での上演を目指しているという『画狂人 北斎』。まずは東京を皮切りに北斎と縁の深い小布施を含む5都市を巡る予定だ。描くことに人生を賭け、絵と共に生きた天才の物語を堪能したい。
(取材・文&撮影:渡部晋也)