歴史の中で実際に起きた社会的事象を、演劇を通して検証し物語に紡ぎ上げる劇団チョコレートケーキ。これまでにも第二次世界大戦や大正天皇、ナチスドイツ、あさま山荘事件などを取り上げ、そこから現代の私達に気づきを与える作品を発表し続けている。 10年振りに再演される『一九一一年』は明治時代晩年に起きた、社会主義者、アナキストを大量弾圧し、12人を死刑台に送った大逆事件をモチーフにした作品。政治的思惑の行く末に断行した事件から我々は何を感じるべきか。劇団主宰であり演出を手がける日澤雄介。脚本の古川健。俳優の堀奈津美に話を聞いた。
―――『一九一一年』は10年振りの再演となる作品ですね。劇団の転機にもなった作品だと聞いていますが。
古川「書き手として劇団の転機になったという意識はないですが、確かに色々と試行錯誤していた時期で、歴史ものとそうでないものを交互に上演していたころでした。『一九一一年』はお客さんこそ入らなかったけれど、観てくれた人からの評判は良く、私自身は手応えも感じていました。だから私自身のターニングポイントではあります」
日澤「この作品で古川君と堀さんは王子小劇場の賞をもらっていることもあり、確かに評価を上げた作品だとは思います。でも興行的には酷いもので(笑)。この前、当時の集客表を見てビックリしましたから」
堀「そうだったんですか。舞台を囲むように4面に客席があったので、たくさん入っている気がしていました」
日澤「でも苦労が多かっただけ思い入れも強い舞台で、演出家から言わせれば、色々なチャレンジをした舞台でした。囲み舞台もそうですし、和装に初めて挑んだのもこの作品で、そのために衣装さんが初めて入ったんです。それまでは古川君の台本と俳優の力で表現してきたものが、ここから色々なスタッフも関わって作るようになりました。同時に反省もたくさんある作品です」
―――そんな『一九一一年』は明治時代に起こった大逆事件がモチーフですが、初演は事件が起きてから100年でした。それをきっかけに書かれたのでしょうか。
古川「逮捕された幸徳秋水 他のメンバーに判決が下り、処刑されたのが1911年でした。劇団内の会議で、丁度100年の節目ということもあって決めたんです。
―――明治最晩年の頃の話ですから、皆さんにとっても遠い歴史の話かとも思いますが。
日澤「僕にとっては教室で習ったなあ、といった程度の認識でしたね」
古川「僕は大学の卒論が幸徳秋水についてでした。そういった繋がりもあります。確かに遠い話ですが、結局1000年前でも100年前でも過去は過去だし、そもそも異世界に飛ぶことと過去を再現することは同じだと僕は思っているので、それほど違和感はなかったんです」
―――なるほど。確かに時空や世界を飛び回ることに近いかも知れませんね。では初演でも同じ役で出演されている堀さんにとっても印象深い作品ですか。
堀「かなり印象的でした。実はこの時、演劇に対するスランプと闘っている時期でした。出番前には舞台袖で自分の足を拳で殴ってなんとか板に立っていました。周りの方々からは嬉しい評価をいただいたにも関わらず、自分では何かやり残した感覚があってずっと忘れられない人物だったので、このタイミングでもう一度演らせていただけるのは非常に光栄です」
日澤「堀さんはDULL-COLORED POPに所属する女優さんです。僕がその劇団の作品に俳優で出演して以来仲良くしていました。事件に関わった唯一の女性である管野須賀子を演じるのに、バシッと立っている女性はと探したとき、会議で堀さんの名前が挙がったたんです」
―――ではこの作品を10年振りに再演する理由を伺います。
古川「一番の理由は手応えがあったのにあまり観られていない作品だということです。やはり多くの人に観てもらいたいですから。そしてこの10年の間に、国家権力が国民に対して容易に暴力を振るうという事が、さらに切実になってきた感覚があります。豹変する権力の恐ろしさを国民は常に監視していかなくてはいけない。そういった警鐘という意識ですね。昨今はコロナのせいにしてあっさり憲法改正を言い出すくらいですから」
日澤「10年というのは切りの良い数字なので、団体としてキャッチーな触れ込みではありますが、作り手としてはもはや新作だと思っています。劇場規模も違いますし、今回は前回のような囲み舞台ではないので、初演で使った美術プランが全く使えないわけですから。そして今回は初演の上演台本ではなく、初稿から改めて上演台本を削り出しをしているので、10年前とは違う肌触りで作品に取り組みたいと思います。興行的に振るわなかったとは言え、観てくれたお客さんも間違いなくいらっしゃるので(笑)。そういう人にとって、今度の作品がどう映るかは楽しみなところではあります」
堀「初演の時は最初から完成された台本がある訳ではないし、古川さんの台本は文字量が多いので覚えること自体が大変でした。でも今回は稽古前には台本がありますからスタート位置が違います。実は今回、出産を経て、役者として5年振りの復帰戦でもあります。久しぶりに稽古場で皆さんと向き合うことが、緊張と同じくらいに楽しみです」
―――ところで今作は前作同様に映像記録として配信も行われるようですが、新型コロナ感染症蔓延の影響で演劇公演の配信が一気に増えました。その可能性についてどう考えられますか?
日澤「ウチはこれまで映像を外に出していませんでした。コロナの影響以降手がけるようになったんです。映像での配信はキャパシティが関係なく、また遠方の人に観てもらえるのが利点です。でもやはり演劇は生の舞台を観てもらってこそだとも思ってます。コロナの影響がおさまったら、この部分をどうするか考えることになるでしょう。
―――では観客に向けてのメッセージをお願いします。
堀「私が演じる管野須賀子さんは壮絶な人生を生きた方ですが、知れば知るほど何故か親しみを感じるんです。そんな彼女やその当時同じ志を持って闘った方々のことを、ちゃんと、お伝えしたい。そして生きる、ということを、力強くお伝えして参ります」
古川「10年経ってこの作品を思い返すと、良くも悪くも若作です。でもだからこその力強さもあると思います。ある意味青臭い作品を、円熟した劇団がどう料理するかを楽しんでもらえればと思います」
日澤「初演に関わったキャストもいますが、ほとんどは配役をチェンジするつもりです。私達が10年経ってどう充実してきたのか、また新しいものに取り組んでいくのかを観ていただければと思います。チラシを見てもらえばわかるのですが、初演の時とは全く違ったイメージになっています。それは『一九一一年』という作品の捉え方が変わったからだと思いますので、初演をご覧頂いた方にはそういった部分も観てもらいたいですね」
―――ありがとうございました。
(取材・文&撮影:渡部晋也)