企業再生ファンドであるバイアウトファンドを題材とした『hedge』は2013年に初演され、2016年には、バイアウトファンド創設メンバーでもあるエリート社員がおこなったインサイダー取引とそれを巡る査察を描いた続編『insider-hedge2-』を上演。
―――稽古は順調でしょうか?
詩森「はい。実は、稽古開始1週間で、突然“通し稽古”をしました。稽古初日には誰もテキストを持っていないし、サジェスションを入れると、次にはすぐ良くなるから、どんどん進むんですよ。今回は3作品あるから、作品の流れをつかむためにも、一旦『hedge1』を通しました。」
吉田「突然でしたね。急に初日前みたいな雰囲気になってました(笑)。」
詩森「栄作さんは『それは良いアイデアだね』と、余裕の微笑みで頷いてくれました(笑)。ともかく今はすごくおとなしく、パーツをきっちり作っています。でもね、いつもなら時間がかかることも、一瞬でいけるんです。役者が乗っている感じがしますね。これで、今はまだ稽古に参加できていない浅野(雅博)さんが戻ってきたら……。」
吉田「そうですね、また浅野が入ると引き締まるでしょう。」
詩森「浅野さんは、キャッチボールの達人。コミュニケーションの要になれる俳優さんなので、みんなで稽古の参加を待っています。」
―――急な通し稽古にも対応できる俳優さんたちが素晴らしいですね。栄作さんが最初に脚本を読まれた時の感想を教えてください。
吉田「2013年に上演された『hedge』、2016年に上演された『insider』の映像を観せていただいて。すごく面白いなと思いました。
金融の内容なので、どこまで多くのお客さんが食いついてくれるのかなと少し疑問だったんですけど、とにかく熱い話なので、きっと楽しんでもらえるでしょう。
詩森さんがお書きになった『trust』という新作も、熱くて、優しくて、すごく素敵。このコロナ禍で、経済で傷ついている人がいる中で、エンターテインメントのメッセージとして出していくのには、ぴったりの作品だと思います。」
―――もともと続編の予定があって、書かれていたのですか?
詩森「いいえ。最初は『hedge1』と『hedge2』は、1作品にするつもりだったのですが、書ききれなくなってしまって。それで続編として『2』を書いたのですが、そうしたら完結編が必要だなと感じるようになって。実際にモデルとした企業は、もう一度前を向いている企業なので、作品も、前をもう1回向きたいなと思ったんです。」
―――キャストは、続投の方もいらっしゃいますけど、栄作さん始め、新しいキャストも多くいらっしゃいます。
詩森「初演のキャストは、本当に大好きなキャストですが、今回新しく参加されるキャストのみなさまも、ベストキャスティングだと思います。
栄作さんはまずリアリティーがありますよね。日系企業ではなく、外資系企業のエリートという。しかも、きっと作品のことも分かってくれるし、舞台俳優として、カンパニーの精神的な支柱になってくださる気がしていたので、オファーさせていただきました。」
吉田「とてもありがたいお言葉です。正直、初演に出ていないのに、僕で良いのかなという気持ちはありましたが、僕にとって大切なのは、気持ちが“乗れるか” “乗れないか”。それで今回の脚本や映像をみたときに、(自身が演じる)茂木という役の気持ちがよく分かって。海外も日本も知っていて、リーダーシップがあって、何があってもその船からは降りない。それを自然とやってのけるんです。山本五十六に通じるものを感じました。」
詩森「実は、当然ですけど、『trust』の脚本を見てから出演を決めると仰っていて。でも、私は、俳優をイメージしながら書くので、栄作さんか栄作さんじゃないかで全然作品が変わると言って(笑)。最終的にはプロットで、OKをいただいたんですよね。」
吉田「そういう風にパッションを語っていただいたら、やっぱり役者というのは気持ちが乗ってきますからね(笑)。
この間、詩森さんとの雑談で腑に落ちたんですけども、詩森さんの作品には、すごくロックを感じるんですね。『私は文学少女で〜』とよく仰るのですが、UKロックがお好きなんですって!」
―――意外ですね。
吉田「意外ですよね。だから詩森さんが世の中(体制)に対しての反発みたいなものや、一言言いたいという思いが、それぞれのキャスト通して、出ているんだなと思いました。」
―――経済や金融は難しいというイメージが先行してしまいがちですが、その辺りをどうほぐして伝えていこうとお考えですか?
詩森「もともと私がそんなに経済に堪能だったわけではないので、『難しい』と考える人たちの気持ちもよく分かるんです。でも、そういう人たちを置いていったら、結局やる意味はないので。
演劇として楽しんでもらうことが一番いいですよね。“経済演劇”には興味がないけど、『栄作さんが出ているから観に行こう』という人が、観終わった後に『結構面白かった』と思ってもらえたら、それで良いんです。ありとあらゆる手段を使って、分かりやすくします。」
吉田「音楽や光の力を借りて、エンターテインメントになっていきますからね。」
詩森「はい。初演でも『難しい』という感想や意見は全くなかったはずです。」
―――詩森さんはこれまで様々なテーマにチャレンジしてきましたが、そもそもなぜ“経済”をテーマにしたのですか?
詩森「やはり2000年代に入って、アメリカ同時多発テロが起こって、これって経済問題なんだろうなということをうっすら思ったけど、難しくて、よく分からないと当時は感じて。それからリーマンショックがあって、知らないだけではダメだなと、個人的に勉強し始めたんですね。
副業でやっていた仕事の関係もあって、演劇人としては異例なぐらい、経済に詳しい人になって(笑)。経済という側面から世界を見る体験を、今、絶対した方が良いとは思っていますし、この作品を通じて、観客や俳優が、今までと少し違う視点で社会を見られるようになったら、もしかしたら社会も少しずつ変わるのかなと思って。」
―――コロナ禍でどんなことを感じられましたか? また、今、本作を上演する意味や意義はどう感じていらっしゃいますか?
吉田「『Show must go on』だなと、本当に思いますよね。もう俺たちはとにかくどんなときでも止まっちゃだめ。3.11のときも、舞台の最中だったのですが、これからどんな困難が来るか、誰にも分からないので。僕は芝居も音楽もやっていますが、もう死ぬまでやるぞという気持ちで臨まないと、やっていけないな、生きていけないなと思います。」
詩森「私、震災後初めて観に行ったの栄作さんが出ていた舞台です。再開が早かったですよね。」
吉田「はい、震災後2、3日で再開しました。」
詩森「3.11は観劇の障壁は物理的なものだけど、コロナは観に来ること自体が命に関わるもの。でもこれだけコロナ禍が長期化して、演劇の現場がそこまで危険ではないというエビデンスが出ているからこそ、人の心を守るためにも、やっぱり演劇はやった方が良いと思う。
客席にいて、拍手から感じる切実さが全然違うんですよね。お客さんの数は確かに少ないかもしれないけれど、舞台と客席の関係性が違うように思うんです。私たちはそれを忘れちゃいけない。ある意味、命懸けで来てくれているお客様たちに、私たちも命懸けでやるしかないんですよね。
あと、演劇って時代が困難なときほど不幸とは限らないものだと私は思っていて。例えば、抗争地域から来る演劇を観ると思うんです。電気が使えなかったり、空爆に怯えたりして大変な状況で、稽古もできるかどうかという状況のなかで生まれた演劇は、体の強さや眼差しの鋭さがある。表現者としては、恵まれて素晴らしい状況でやれば良いというものでもないのかなと思ったりもして。
確かに一番心配なのは、役者の命とお客様の命。そこは慎重にいきたいと思ってますけど、それ以外の面では、今必要なものをやらなくてはいけないなと思いますね。」
―――最後に一言お願いします!
吉田「前回の『insider』まで観た方は、絶対続きを観たいと思うでしょうから、ぜひ楽しみにしていただきたいですね。
新作『trust』では、茂木をはじめ、マチュリティーパートナーズのみんながもがいているんですね。そのもがきの中から出る決断に、一筋の光が見えるんです。このコロナ禍の状況となんとなく重ねてみることができる作品なので、ぜひ劇場でご覧ください。」
詩森「劇場に行くこと自体が大変な時期だとは思うんですけれども、今だからこそ来ていただいたお客様と体験を分け合えたらと思うんです。
金融の光を目指してたマチュリティーパートナーズが闇の中に落ちていき、そしてその闇の中でもがきながら光を探すという話なので、その光をお客さんと一緒に見つめられたらいいなと思います。
(取材・文&撮影:五月女菜穂)