宮本武蔵と佐々木小次郎。巌流島で剣を交わした二人のその後を、井上ひさしの台本、蜷川幸雄の演出で描いたのが舞台『ムサシ』だ。2009年に初演されると、国内だけでなくロンドンやニューヨークなど海外でも上演され、各地で高い評価を得えてきたが、そんな『ムサシ』が3年振りに再演されるという。
藤原竜也を筆頭に、吉田鋼太郎、白石加代子とアクの強い面々が初演から引き続いて出演しているが、その一角を成しているのが、実力派女優としてドラマ、映画や舞台で活躍する鈴木杏。作品とともに成長を遂げる鈴木に作品についての話を聞いた。
――― 3年ぶりの再演が決まった時の率直な印象を教えてください。
「3年前の公演は、ちょうど藤原さんが宮本武蔵と同い年になるというタイミングだったので、それが最後かなと思っていました。だから今回話を聞いて、素直に『またやれるんだ』と思いました。意外でした」
――― 杏さんにとってどんな作品になっていますか?
「定点観測のイメージです。私自身が受けた12年間の経験によって、自分がどう変化してきたか。それは自分自身ではわかりません。でも『ムサシ』に戻ると、自分の変化に気づくことができる。ある意味ホームみたいな作品です。そもそも蜷川さんの現場は、私にとって演劇的ホームみたいなところがあります。蜷川さんは亡くなってしまって会えませんが『ムサシ』では会えますし」
――― 今、この作品を上演する意義はどこにあると思われますか?
「この作品はいろいろなテーマを含んでいます。決裂していた武蔵と小次郎がありとあらゆることに巻き込まれて握手をする。それは恨みの連鎖を断ち切ること。残念なことに世界規模ではまだまだ解決されていないテーマですが、きっと解決への希望は見えてくる、そんな想いが込められていると思います。
また今はコロナのせいで、ソーシャルディスタンスや外国との往来もできないなどの“分断”が起きているだけに、一緒にいられる、関わっていられる、人と繋がっていられるという部分も作品から感じることができるのではないでしょうか」
――― そして今回は、演出を吉田鋼太郎さんが担当されますね。
「大きく変わる事は無いと思いますが、せっかく鋼太郎さんに演出して頂くことだし、自分たちも常に変化していますから、また新しい引き出しや方法論に向けたアドバイスを頂けたら嬉しいです。鋼太郎さんは私を凄く可愛がってくださる先輩なのですが、俳優としての姿しか知りません。演出家としての鋼太郎さんと出会えるのがとても楽しみです」
――― 井上さん、蜷川さんのお二人は、残念なことにもういらっしゃいません。お二人はどんな方でしたか。
「蜷川さんは最後の最後まで、一緒にいると緊張する方でした。私にとっては厳格で、距離感がある父親みたいで、厳しい反面、愛情もある方でした。でも蜷川さんくらい痛いところを容赦なく突いてくれる人にはなかなか出会えないとしみじみ感じます。初演の時は学芸会だなって言われましたけど(笑)。痛いところを突かれるのは嫌なもの。でも私にとって10代20代で鍛えられたのは良かったと思います。
井上さんについて忘れられないのが、初演で原稿が上がらないので、皆で座禅でも組みに行こうと鎌倉のお寺にバスツアーに行きました。禅寺での話ですからね。その帰りに井上先生のお宅に寄ると、げっそり痩せて顔色も悪く、ひげも伸びっぱなしの仙人のような井上先生が、一人ひとりにコーヒーを淹れてくださったんです。その横には新しい原稿が置いてあるという(笑)、そんなサプライズがありました。役者達がこぞって原稿を取りにいったと思うと、なんだか可笑しかったです」
――― 鈴木さんの役は20歳の筆屋乙女ですが、これも再演の度に変化しているんですか。
「初演の時は20代でしたから、今やずいぶんと差が開いてきましたね(笑)。でも昔は若さから来る強さが勝っていたし、そんな表現しかできなかったのが、年齢を重ねるに従って、だんだんと柔らかなものが表現できるようになってきた。それを意識したのが前回公演でした。柔らかさの中の強さを演じる事ができたら、筆屋乙女はもっと魅力的になると思います。
それと白石さんが演じる木屋まいとのコンビが面白いんです。再び加世子さんの伝説的なタコの舞を見られるかと思うと(笑)うれしいです。さらに鋼太郎さんの演出で新たな化学反応が起きるでしょうし、沢庵役が塚本幸夫さんになるのも大抜擢。塚本さんには子供の頃からお世話になっているんですが、凄く繊細で、緊張なさる方なんです。だから“頑張れ!”と思いつつ“大丈夫かなぁ”とも感じてしまうという(笑)。きっと今までの沢庵のイメージとは違うものが生まれるのが楽しみです」
――― 最後に観客の皆さんへメッセージをお願いします。
「『ムサシ』では客席のお客様の笑い声を聞いているときが楽しいんです。今はどうしても暗い気持ちになることの方が多い、喜びの発散がしづらい時期ですが、『ムサシ』はそんな気持ちをスッキリさせてくれる作品です。気持ちを発散しに来てもらいたいです」
(取材・文:渡部晋也)