拘置所を舞台に刑務官と死刑確定囚の心の交流や葛藤を描いた人気コミック『モリのアサガオ』。2010年にはTVドラマ化もされた同作が、前内孝文と南羽翔平のダブル主演で舞台化される。脚本と演出を手がけるのは、劇団気晴らしBOYZ主宰の田中大祐。重いテーマに正面から向き合いつつ、主役2人の若いエネルギーが存分に発揮される舞台になりそうだ。
――― 死刑の是非に悩みながら職務に励む新人刑務官・及川と、殺人罪で死刑判決を受けて及川の勤める拘置所へやってくる確定囚・渡瀬。その渡瀬はかつて少年野球のヒーローで、当時の及川にとって憧れの存在だった。そんな2人が拘置所で再会し、それぞれの立場で苦悩する。他の確定囚たちやその家族の物語も交えて描かれる“現実”はあまりに重い。
田中「原作にすごくパワーがあって、ドラマ化もされて世間の評価も確定しているので、それに負けないように……とはやはり最初に思いました。原作者の方にもお会いしましたが、かなり綿密な取材をされて、普通の人は知らない拘置所の世界が相当リアルに描かれています。そこでどういうことが行われていて、どんなドラマや苦悩があるのかをしっかり伝えていきたいです」
南羽「拘置所の中で起きていることは自分の想像の範囲を超えているけど、そこに入る原因となった事件は意外と日常の延長だったりします。だから決して他人事じゃないんだなって思いましたし、最近はちょっとしたニュースとかを見ても、いろいろ考えるようになりました」
前内「刑務官の役は以前もやらせていただいたことがありますが(2014年の舞台『海峡の光』で少年刑務所の刑務官を演じた)、この作品を読んで、正直、自分の知らないことがこんなにもたくさんあるんだなと思いました。世の中に出ている犯罪のニュースは普通捕まったところまでで終りますが、この作品では、そこから先の、僕たちには全然見えていなかった部分……たとえば、“死刑の判決を受けた人たちがどういう気持ちで死を迎えるのか”といったところを知らしめさせられました」
南羽「あと、判決を受けて死刑執行を待つ側だけじゃなくて、それを見守る刑務官の方たちも苦悩しているというところが、すごくリアルで」
前内「そこが作品の深みでもあるし、難しい部分でもあるなってすごく思います」
――― それぞれに作品世界をしっかり受け止めている様子の主役2人。これまでの共演で築いた信頼関係もある。
南羽「今どきの言葉で言うと“ガチ”な芝居なので、正直、めちゃくちゃ不安要素はあります。でもこういう役で、前内さんとの2人だから見せられるものもあると思うので、そこは安心できるし、とても楽しみです」
前内「最初に今回のお話をいただいたとき、たった数行のあらすじだけでもすごく面白くて、物語を読んでさらに引き込まれたんです。だから相手役が誰であろうと全力でぶつかれば、絶対に返してもらえる作品だと思いました。その相手がナンちゃん(南羽)に決まったときは、やっぱり安心感はありましたけど、逆にライバルだという部分もあります。周りのキャストには大先輩の方もたくさんいらっしゃるので、いろいろ助けていただきながらも、どうにか食らいついていって、ダブル主演の僕たちで作品を引っ張っていければなと思っています」
田中「お2人とも配役を決める前に一回お会いして、台詞を読んだりとかもしてもらったので、役のイメージにはすごくぴったりハマっていると思います。あとは、話が重いからといって稽古中あまり思い詰めないようにっていうくらいかな(笑)。これは今回やりたいことの1つにも関係している大事なことで……ドラマが重厚だし、扱うテーマも深いし、メッセージ性も強いのでそこに終始してしまうと、もしかしたら観終わって鬱々とした気持ちで劇場を後にする人も少なからずいるだろうなと思っていて。
もちろんそこはちゃんとドラマとして見せるけれど、“物語”としての面白さもちゃんと出したいんです。ミステリーの要素だったり、感動的なところだったり、そういう面白さを舞台で伝えられたらと思っているので、そこも2人には期待しています」
――― コミックや映画で評価されている時点で、田中の言う“面白さ”は保証されていると言っていい。その上で、生身の人間が演じるリアルさが、作品のテーマをより深いところで感じさせてくれるに違いない。
田中「作中に、確定囚も人なら刑務官も人だ、という言葉が出てくるんですけど、ほんとに我々が全然知らない世界で行われている人間同士の心の交流を、しっかりと見せたいです。原作自体、死刑制度そのものに対するいろんな角度の意見がまんべんなく提示されていて、決して何かを押し付ける作品ではありません。こういう見方があったのか、というのを知って、考えるきっかけになる作品だと思います」
前内「人殺しをした人間を俺たちが殺してる、っていう言葉も衝撃的で、あれはすごく“人間だな”って思いました。そこにはすごい苦悩があって、一生慣れないんだろうなって思うと、本当に重い言葉です。自分の生きてきた29年間を全部注ぎ込んで、いろんなものを届けられるように頑張ります」
南羽「“正義”っていう名前がつけば、これは正義でこれは悪っていう分け方はできると思うんですけど、実はきっと、見る人の数だけの解釈がある。そういうことを考えていると、もう何だかわからなくなっちゃって……答えなんて出ないんだなって。これからの人生、絶対にそういうことを考えざるを得なくなったという意味で、この作品に出会えて良かったです。舞台では僕たちのフィルターを通してではありますけど、観てくださった方に何か伝わるものがあればいいなって思います」
(取材・文&撮影:西本 勲)